エースとprincess
私はすぐには声に出せなかった。部屋でふたりきりのときに見つめられてそういうこと言われるのは、なんだか気恥ずかしかった。名前で呼んでほしいとか、言う? 言う人なの?
しかも洗い髪が、もともと持っているこの人の男らしさを存分に引きたていて艶めかしくて、どこに目をやったらいいのか困った。少なくとも目は見られなかった。喉仏のあたりを注視したらしたで、すっと伸びた首やら、とがった顎やら、しなやかにそれでいて張り詰めた皮膚の下の鎖骨やらが嫌でも視界に飛びこんできて、落ち着かなかった。
風呂あがりの男の人なんて、父親とかナオとか見慣れているのに、もう部屋の壁紙か家具かってくらいの認識なのに、この人は全然違うから参ってしまう。この大人の色香はどこから沸いているんだか。
壁際に離れてくれていてよかった。もし真横に座られていたら、この状況って赤面できるレベルだ。
「え、瑛主……さん?」
「さんづけだと揶揄のニュアンスに聞こえるから、別のほうが」
谷口主任は私の動揺をよそに、のんきに自分の呼び名を吟味している。この温度差は……!
「じゃあ、瑛主くん?」
「まあ悪くないかな。さっきの呼び捨ても捨てがたいけど」
投げやりに呼んだそれに決定したことにした。
「あの、彼女のことだけど」
「誰」
「谷口しゅ……瑛主くんの彼女さん」
コーラなんて飲むの、いつ以来だろう。ひとくちいただいて、グラスをテーブルに戻した。
「私、飲み会のあの場ではジンクスがそろそろ破れるとか威勢よく言ったけど、本当に大切な人なら慎重になったほうがいいかも。お払いするとか」
瑛主くんは職場にいるときのような真面目な顔で、ばーかと言った。
「お払いするならあんたのほうだろ」
「そっか」
そして今度はにこりと笑いかけてきた。
「楽しみだな。それってさ、離婚したくなるくらい姫里に魅力があるってことじゃないか」
「なっ……」
瑛主くんは立ちあがり、こちらに近づいてきた。