エースとprincess
  *


 翌朝はコーヒーの香りで目が覚めた。

「おはよう」
「おはよう……ございます。何時ですか」
「七時半」

 キッチンではなにやら朝食の支度が進められている様子。コーヒーはカップに注がれているし、トーストも焼けているし、ヨーグルトとジャムとチーズも冷蔵庫から出されている。テーブルに並べる作業だけ手伝わせてもらって洗面へ行き、鏡を見て――凍りついた。

「わああああ!」

 私、すっぴんだった……すっぴん見られた……。化粧落としたのいつだっけ? 寝るまえ? ……じゃない。お風呂だ。お風呂で落としたんだ。ってことはそこからこっちは全部、素顔だった……?

「わああああああー!!」


「なに騒いでるんだよ」
 ひょこっと背後に瑛主くんが現れる。

「今すぐ目を閉じなさい!」

「ちゅーでもすんの?」

「なわけないでしょ! 言ってよ、もう。見苦しいもん、見せちゃったじゃない」

「意味がわからない」 

「わからなくていいからもうあっち行って! もたもたしない! あっ、目は開けていいから。そして昨日から今にかけてのことはすべて忘れるべし!」

 盲点だったわー。ナオのところにいるときと同じ気でいたけど、この人は職場の人だった。私にだって会社向きの顔というものがあるのですよ……。



 化粧を終えて、出された朝食を平らげるころには八時をまわっていた。慌ただしく身支度を整えた瑛主くんはこのあと草野球に行くそうで、応援にくるかと誘われたけれどお断りをした。

「来ればいいのに。どうせヒマなんでしょ」

「いやー……いいっす」

「人数足りなかったら混ぜてもらえるかもだし」

「無茶言わないで。私、ヒールだから」

 そう。車で送ってくれるそうだから借りたティーシャツとジャージのままでいいかと思ったのだけど、靴がパンプスだったので結局昨日洗って乾かした服に着替えた。パンプスはまだ少し湿っている。 

 エレベーターで一階に降り、エントランスを抜ける。そういえば、と瑛主くんが真顔で振り返った。

「このドア、これ、オートロックっていって、閉めれば勝手に鍵かかるようにできてるから」

「知ってます!」

「えっ、そうなの? てっきり知らないかと……」

 そう言う彼の後ろ姿の肩が震えている。将来、おやじギャグ言い出しそう。怖っ。


< 18 / 144 >

この作品をシェア

pagetop