エースとprincess
  *


 歓迎会以降、瑛主くんに興味を持つ人間が増えたように思う。

「姫ちゃん、チョコ食べるー?」
「食べる食べる。夏にチョコとは」
「うん。自分でも思った。泣くよね」
「泣く?」
「言わない? あ、これ方言かな。飴とかチョコとか、熱で……」
「あー。溶ける、ね」

 お菓子を配る体でありながら、本題は別のところにあった。下の階から郵便物を配りに来た彼女——大久保さんがちらっと見たのは、ホワイトボードの外出予定表だ。

「ね、谷口主任っていったっけ? どう? 仕事しやすい?」

 本人が外出中だから聞けることだった。予定では十一時Dホテルにて打ち合わせ、十四時帰社となっている。
 同じことを何度も聞かれている私は、すらすらと答えられるようになっていた。

「やりやすいよ。てきぱき動くし、連絡もちゃんとしてるし。整理整頓は下手だけど」

 前任者から仕事を引き継いだとはいえ、期限を意識した細かな仕事の流れや書類の保管場所などは私のほうがよく知っている。
 これまで一緒に働いた人のなかには、年下で女の私から指示があるのをおもしろくないと捉える人もあった。けれども瑛主くんにはそういったところは感じられない。文句も言わず、どちらかというと私を無駄にからかいながら対処している。

「彼女とか、いるのかなあ」

「いるって言ってた」

 えー、と大久保さんはさも残念そうに声をあげたあと、周囲を気にして声を落とした。今更だっての。

「久し振りにおっさん以外の男が異動してきたって聞いて、期待してたのに」
「大久保さん、旦那いるじゃん。いいの?」
「目の保養だもん。保養くらいいいんだもん。芸能人追っかけるのとおんなじ」

 それを言われると、ナオのところでライブ映像を見せてもらっている私には返す言葉もない。ちょうどそのとき私宛の外線電話が入り、大久保さんは課に戻っていった。

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