エースとprincess
はい、と背後から声がすると同時に横から腕が伸びてきて、デスクに缶コーヒーが置かれた。
「えっ、これ……」
「昼にイレギュラーなおつかい、頼んだから」
小さい声がびっくりするくらいすぐそばで聞こえ、反射的に仰ぎ見たら瑛主くんの顔があったから仰け反りそうになった。でも動けなかった。瑛主くんが私の椅子の背もたれとデスクの端にそれぞれの手をかけ、囲いこんでいる。
「もらってよ」
低い声が近いところで響いた。たったそれだけのこと。なのに私の心臓は早鐘をうち、勝手に耳や顔に熱が集まっている。
このくらいの会話なんてあきちゃんと平気でやっているのに、昼にやりとりしたメッセージだってこんなノリだったのに、相手が違うだけでどうしてこうなっちゃうの?
ふつふつと沸いてきたのは、一切合切を認めたくないという思いだった。
「ミルクコーヒーか。イケメンには及ばないね」
なんとか話の糸口を見つけて、いつもの調子を取り戻そうとした。
「なにが」
「こういうとき、イケメンだったらさ、私がまえになにを飲みたがったかを覚えていて、それを渡してくるんじゃないかなーって」
ミルク入り微糖コーヒー、と書いてあるけど全然微糖じゃないんだ、これが。その冷たい缶のプルタブを起こす。
そしたら、その缶を奪われて別のを渡された。
「間違えた」
ふわっと気配が離れる。瑛主くんは笑っていた。
「あの……ありがとう」
「うん」
瑛主くんはその笑みを引っ込めて、今度は室内に残っていた面々のところにも順番に飲み物を配りにいった。流れ作業的な、ただの配給のような無骨で素っ気ないやり口で、私のときとはえらい違いだった。格差ありすぎて見ているこっちが冷や冷やしたけど、もらったほうはなんとも思っていない様子。
やがて瑛主くんはこっちを振り向いた。目が合ったことで、彼の動きをそれまでずっと追っていた自分に気づかされた。