エースとprincess
どかどかと来られて、私は突然の事態に頭が追いつかない。聞いてない。でも聞いてないのは私だけだったみたいだ。草野球の場所まで案内するから家に呼んでいたんだ……って瑛主くん教えてくれるの遅すぎ!
座ったままでいたら、サワダ(仮)さんがそばまで来て両手をテーブルに置き、顔を伏せるような体勢から私を覗きこむよう見あげた。
「あっ! ていうか、これ、朝まで一緒だったヤツ!? ひょっとしてあっちのほう? あっちのほうのお疲れ? なあなあ」
違います、と私が否定するのと、背後から忍び寄った瑛主くんが朝刊で彼の横っ面をひっぱたくのとがほぼ同時だった。
呻きながら耳を押さえて痛がっていたサワダ(仮)さんだったけれど、痛みから立ち直るやいなや、テーブルのキッシュを勝手につまみ食いしてはなにこれうめえ! と騒いでいる。
「これ姫ちゃん? 姫ちゃんが作ったの? 超すごくね? 僕んちにも来て作ってくんない!?」
「嫌ですよ」
正式名称もわからない人のために動くのはちょっと。
「嫌なのか」
私の即答拒絶にサワダ(仮)さんではなく瑛主くんのほうが引っかかりを覚えたみたい。じっと見られ、私は言葉に詰まった。サワダ(仮)さんはテーブルのうえの食べ物がなくなると興味を失ったように場所をキッチンに移し、なにやら物色しはじめている。ただの腹ぺこ?
「あのおにーさんのために作ろうとは思えないでしょ」
私はサワダ(仮)さんに聞こえないように声を落として言った。
瑛主くんはなぜか神妙な顔つきをしている。椅子に座り、コーヒーの入ったカップに手を添えたまま目だけをこっちに向けるから、探るような上目遣いになっている。
「ナオさんには作ったことあるの?」
「え? ナオ? ふはっ……あるわけないでしょ」
出てきた名前が意外すぎた。私が笑いながら答えると、瑛主くんはよく観察すればわかる程度の些細な変化を口元だけに見せた。
「そう。あるわけないんだ。……よし」
すぐに手で覆って隠していたけど、遅かったよ。私は見てしまった。瑛主くんの口角がわずかにあがっていた。嬉しいのを堪えきれなかったときのような、そんな笑いかた。なんで私、そんな細かいのを見つけちゃうかな。
「なにを言ってるんだか」
と言いつつも、私のほうがうろたえてしまった。