エースとprincess

「姫里ってハートとか身につけるんだ」

 耳を見ていて気づいたのだろうけど、指摘されたこっちは少しびっくりした。
 瑛主くんが言っているのはピアスのことだ。小さなブラックダイヤがオープンハート状に連なっていて、かわいいのに甘さを意識させないデザインで気に入っている。

 瑛主くんの言わんとしていることはよくわかる。私は自分の印象にそぐわない、ハートやピンクのたぐいの愛らしいものは避けていた。できることなら名字の姫の字だって切り捨てたいくらいだ。


「変かな?」

「ちょっと意外に思っただけ。似合ってるよ」

「そーですか」

 照れくささのあまり、私は窓の外を見てなんでもないふうを装った。瑛主くんは普段、女の人の格好をむやみに褒めるほうではない。社交辞令ではなさそうだった。
 このピアスを瑛主くんのまえでつけるのは初めてだった。それに目を留めて褒めてくるあたり、見てないようでいて実は見ているということなのかもしれなかった。

 だとしたら、私がどんな思いで今朝このピアスを選んだのか、気づいてしまうかもしれない。かわいく見られたい。けど、さりげないのがいい。
 これまでにないほど、瑛主くんの目を意識していた。真似事とはいえ、声に出して愛を誓った影響は大きかった。ただの出張なのに、代打のセミナー参加なのに、楽しいといいなあなんて旅行気分が抜けきれなかった。 



 ホテルの会議室でのセミナーが終了すると、参加者はそのまま宴会場へ流れ、懇親会となった。立食形式だったので、瑛主くんについて移動しながら私も名刺交換をし、食事をとる。アルコールも用意されていて、会場内ではスーツ姿の面々が和やかに談笑していた。
 こういう場に出たことがないわけではない。だけど久しぶりで、職場のくだけた宴会に慣れた身には新鮮で、背筋の伸びる思いがする。

 たとえば直接うちの事業と関わっていない業界のかたもいて、今すぐに営業をかけることはなさそうなんだけど、新たな事業展開をして関係性が出てくる場合もある。今すぐの目先の利益ではなく、将来を見越した会話がそこかしこでなされていた。
 また経験談もふんだんに盛り込まれていて、瑛主くんの半歩後方で相づちを打っているだけだった私もときには冗談に笑わされ、質問を挟まずにはいられなくなり、次第に話に引き込まれていった。

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