エースとprincess
「せっかくですが、今回は遠慮しますよ」
「そうですか。残念ですが、また機会がありましたら」
「ええ。では」
瑛主くんの真意がわからない。懇親会では愛想よく振る舞っていたのに、誘いをあっさり断ってしまった。スーツ姿の女性の姿もちらほら見えるから、男性ばかりの集まりというわけでもなさそうだ。
「行きたかった?」
「え」
「後ろ、振り返っていたから行きたかったのかと」
「そういうわけじゃ」
ホテルのある駅で地下鉄を降りる。まだ二十一時前だった。繁華街の明かりで夜空が灰色に染まり、雲の凹凸が見てとれる。宿泊先にまっすぐ向かっているようなので、途中のコンビニに寄らせてもらい、アイスクリームを買った。正確には買ってもらった。
「いるだけでいいとは言ったけど、まさかここまで影響あるなんて」
「なんのことです」
並んで歩いていると、会社からの帰り道みたいな気分になる。出張中だということを忘れそうになる。
「その様子だと気づいてないな」
ふっと表情が緩む気配。わざわざ見上げなくても声や息のつきかたで伝わってくる。
「姫里がいたから話し込んでしまうというか、口を滑らせがちというか。今日顔を合わせた男連中、しゃべっていて楽しかったと思うよ」
「それはこっちが聞いてて楽しかったからで。私がなにかしたわけではないし」
あるんだよ、そういうところが、と瑛主くんは私のほうを見ずに話を進める。
「人の懐に入り込むっていうあれだ。姫里は人を油断させるのが相当うまい。新幹線のなかで声をかけてきた人たち、いただろ? あれだって、俺のそばに姫里がいたからできたのであって、俺のソロ活動ではあの展開にはならない」
「ソロ活動……」
「強面の人間が一人でいたら、どんなに気がかりだったとしても話しかける気にはなれないだろ。相手が初対面ならなおさらだ」
「瑛主くんの日頃の難航極まる営業活動が目に浮かぶようです」
「さすがにそんな下手は打たないよ。俺だってプロなんだから」
「冗談ですって」
気落ちしてるのかな、と少しだけ思った。手放しで私を褒めるのは珍しい。こういうことは、いつもなら冗談を交えてどこまで本気かわからない言いかたをする。それか、小さい出張とはいえ旅先だから、旅が人をセンチメンタルにさせているのかもしれなかった。それならそれでいい気もした。