傷痕~想い出に変わるまで~
その日は喫茶店で門倉と会わなかった。

ガッツリ系の定食屋とか丼ものの店でなく、料理に食後のコーヒーが付くような店にでも行ったのか、会社に戻って自販機のコーヒーを飲んだのか。

今日も門倉が来るものだと思って時間も気にせずのんびり雑誌を読んでいたら、うっかり昼休みが終わる時間を過ぎそうになってしまい、会社まで小走りで戻った。

よく考えたら約束もしていないのに、どうして私は門倉が来るものだと思っていたんだろう?


滑り込みセーフで午後の始業時間に間に合った。

二課のオフィスに入る前に一課のオフィスをチラッと覗いてみたけど、門倉の姿は見当たらなかった。

取引先にでも行ったのかな。

そりゃ来ないわけだ。

門倉が来たって特に何がどうなるってわけじゃないし、一緒にコーヒーを飲むだけなんだけど。




定時のチャイムが鳴る頃には順調に仕事を終えられた。

帰り支度を済ませて門倉にメールを送ると、もう少しで終わるから喫煙室で待っててと返信があった。

自販機でコーヒーを買って喫煙室に足を運び、椅子に座ってタバコに火をつけた。

コーヒーを飲もうとカップに口を付けて、不意に今朝のことを思い出した。

……いやいや、私の飲みかけのコーヒーを門倉が飲んだからなんだって言うの?

ちょっと私が口を付けたカップに門倉が口を付けたからって、30を過ぎたいい大人が気にするほどのことでもないんだから。


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