傷痕~想い出に変わるまで~
オリオン社のイベント開催日が近付いて来るにつれてオフィスは慌ただしくなった。

予定を変更したり現場に出向いたり、私も部下たちも残業で帰りが遅くなる日が増え、終電間際に慌てて会社を出る日も珍しくない。

平日は帰りが遅くなる上に休日も出勤して遅くまで仕事をするので光と会う時間は取れず、食事をしながら簡単なメールを送るだけで精一杯。


そんな日が半月ほど続いた。


オリオン社のイベントが始まってから1週間が経ち、ようやく落ち着きを取り戻した時、光と離婚してから5年が過ぎていることに気付いた。

離婚してから、結婚期間と同じ5年。

二人で選んだ結婚指輪を外して離婚届を提出した、5年前のあの日のことを思い出すと今も胸が痛む。

私がどんな思いで離婚届を提出したとか、それからずっとあの日の胸の痛みを忘れられないなんて、光は知らない。

もしもこの先光と笑って一緒にいられたら、この胸の痛みも“決定的瞬間”に遭遇した日の悲しみも、何もかも忘れられるだろうか。



水曜日の午後。


つい先日まで忙しくて休憩もろくに取れなかったけれど、今は仕事も一段落して仕事の合間に一息つく余裕もできた。

仕事の合間にコーヒーでも飲もうと自販機に向かっていると、その角の向こうから人の話し声が聞こえてきた。

若い女性と男性の声だ。

女性が何やら楽しそうにおしゃべりしているのを男性が相槌を打って聞いているという感じ。

今は休憩時間じゃないし、働き者のうちの課の部下ではないと思うんだけど。

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