傷痕~想い出に変わるまで~
仕事中に男を口説いている若い女子にも、ハッキリしない光にもだんだんイライラしてきた。

「彼女いないなら付き合って。ね?お願い!」

彼女は上目遣いで可愛らしくお願いするポーズをとったけれど、私には獲物の前で“いただきます”と手をあわせている肉食女子にしか見えない。

「いや…仕事ですのでそういうのは…。」

彼女は光の手を取ると、素早く何かを握らせた。

さっきから曖昧な表情で言葉を濁していた光が驚いた顔をしている。

「じゃあこれ、私の携帯の番号。連絡待ってますね。」

そう言って去っていく彼女の後ろ姿を呆然と眺めた後、光は手の中の紙切れをポケットの中にしまった。

……しまうんだ。

ホントに連絡したりするのかな?

そうか、ここでごみ箱に捨てて彼女に見つかったら後々面倒だもんね。

うん、きっとそうに違いない。

今のは見なかったことにしておこう。

光は何事もなかったかのように手際良く飲み物の補充を終えて自販機の扉を閉めた。

柱の影で光と彼女の様子を窺っていた私も、コーヒーを買おうと自販機の前へ向かった。

「あ…瑞希。久しぶりだね。」

「うん…ずっと仕事忙しくて。」

光はポケットから小銭を出して自販機に入れ、砂糖なしミルク入りのコーヒーのボタンを押した。

「今日は会える?」

「うん。やっと仕事落ち着いたから、今日はいつもより早めに帰れると思う。」

コーヒーの入ったカップを私の手に握らせて、光は嬉しそうに笑った。

「これ俺のおごり。」

「ありがとう。」

「仕事終わったら連絡して。」

「わかった。」

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