傷痕~想い出に変わるまで~
光は“じゃあまた後でね”と軽く手を振り、台車を押して去っていく。

温かいカップを手に、昔より大人になったその後ろ姿を眺めた。

ちゃんと返事をしなきゃと思っていたけれど、さっきのシーンを見てまた迷いが生じた。

私も光も大人になったし二人ともたくさん後悔したんだから、もう昔みたいな失敗はしないはず。

そう思っているのに、女の子に誘われてもハッキリ断れない光を見ていると、私が忙しくて会えない時はまた他の誰かのところへ行ってしまうんじゃないかと不安になった。

昔の光はあんなに私を好きだって言っていたのに、他の人を私の代わりにしたんだ。

もしかしたら今だって、特別好きじゃない人とでも体だけの割り切った関係になれたりするんじゃないか。

そんなのは光に限ったことでもないし、疑いだしたらきりがないのもわかってる。

だけどさっきの光と彼女とのやり取りを目撃した時、光の浮気現場に踏み込んだあの日の“決定的瞬間”が私の脳裏をよぎったのは間違いない。

光ともう一度付き合うということは、こんな不快感と不安をずっと抱え続けるってことなんだ。

私はこの先ずっとそれに耐えられるだろうか?



定時間際に掛かってきた電話を終えた頃には休憩時間を過ぎていた。

タバコでも吸って来ようかと思ったけれど、光と会う約束をしているので少しでも早く仕事を終わらせた方がいいかと思い、休憩を取らず残りの仕事をそのまま片付けてしまうことにした。

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