傷痕~想い出に変わるまで~
会社のそばにある安くて早くて美味しい定食屋に入り、門倉は豚のしょうが焼き定食、私はアジフライ定食を注文した。

「ビールでも飲むか?」

さすがに今日はお酒は飲めない。

「無理…。お酒なんか飲んだら電車で寝ちゃう。最終の終着駅で起こされるのはイヤ。」

「家まで送ってやろうか?」

「それはいい。電車に乗ったら眠らないように立ってる。」

門倉と家を行き来したことは一度もない。

禊の後は駅の改札を通ったところで別れるし、お酒を少し飲みすぎて酔っていたらタクシーで帰る。

だからお互いの家は知らない。

知らず知らずのうちに門倉とはそれくらいの距離を保ってきた。

その距離感が絶妙なバランスだったのに、門倉がどんどん私の領域に入って来ようとしている気がする。

少しすると注文していた定食が運ばれてきた。

評判通り、本当に早い。

門倉は箸を手に取って笑みを浮かべた。

「篠宮と飯食うの久しぶりだな。」

「うん…そうだね。誰かさんがあからさまに避けるから。」

「しょうがねぇだろ。俺にもいろいろあるんだよ。」

「いろいろって何よ。」

何気なく尋ねると、門倉は付け合わせのキャベツを口に運びながら少し眉をひそめた。

「イヤなこと思い出した。」

「イヤなこと…って、何?」

小鉢の小松菜のおひたしを食べようと開いた口に、門倉がトマトを押し込んだ。

驚いてむせながらにらみつけると、門倉はおかしそうに笑った。

「おまえと同じだ。俺にも心の傷くらいある。」

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