傷痕~想い出に変わるまで~
運ばれてきた料理を少しずつ取り皿に乗せて手渡すと、門倉は黙ってそれを受け取った。

門倉はトマトが嫌いだ。

だから最初から門倉の取り皿にトマトは乗せない。

別れた奥さんが無類のトマト好きだったらしく、いろんな種類のトマトをあちこちで探して買ってきて毎食欠かさず大量のトマトを食べさせられて食傷したそうだ。

「で、その話のどこに俺の結婚指輪が関係あるわけ?」

「なんかいろいろ思い出してね。久しぶりに結婚指輪出して眺めてたら結婚前のことまで思い出しちゃって。」

門倉はタコのマリネを口に運びながら苦笑いを浮かべた。

「そんで泣いてたのか?」

「うん…まぁ、そうだね。あの時ちゃんと話聞いてあげれば良かったなとか、今更後悔してもしょうがないことばっかりで。思い出したくないことまで思い出すし…。」

「あー…“決定的瞬間”か。」

「…そう。」

あの日私が見た思い出したくもない光景を、門倉は“決定的瞬間”と呼ぶ。

結果的にあれが離婚を決めた直接的な原因になったのだから、確かに“決定的瞬間”だ。

「でも真っ最中じゃなかっただけ篠宮はまだマシだろ?俺なんか現場に鉢合わせたんだから。」

「似たようなもんだけどね。この目で見なかったっていうだけで、声は聞いたし使用済みのブツも見た。二人の姿を見てない分だけ生々しかった。」


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