傷痕~想い出に変わるまで~
一瞬耳を疑った。

「…え?」

「あれからずっと話し合ったんですけど、だんだん険悪になってきて疲れちゃいました。最近はなんでこの人と結婚しようと思ったんだろうって考えるようになって。お互いにわかり合うことは無理みたいです。」

「うん…そうなんだね…。」

あんなに幸せそうに婚約を報告していたのはほんの少し前のことなのに、心なしか今の早川さんの表情には疲れがにじんで見える。

私が余計なことを言ったせい?

でもあのまま結婚していたら、きっと夫婦関係に亀裂が生じていただろう。

遅かれ早かれ直面する問題だったのかも知れない。

ただ、仕事が原因で別れることになるなんて他人事とは思えない。

「まだまだこの仕事続けたいですからね。結婚は仕事に理解のある優しい人が見つかったらしたいと思います。」

「…そっか。」

ずいぶん悩んだのだと思う。

話し合っていがみ合って悩みに悩んだ末、別れを決めた早川さんは清々しい顔をして前を向いている。

強いな、早川さんは。

彼女ならきっと自分にとって何が一番大事なのか見失うことなく、自分の手で幸せを掴み取ることができるだろう。

「女はさ…結婚してもしなくても、何かと大変だよね。」

「ホントに…不公平です。」

「いいタイミングで見つかるといいね。わかり合える人。」

「はい。」

お昼のチャイムが鳴った。

みんなは時計を見上げて手を止める。

「篠宮課長にはまだ現れないんですか?」

「ん、何が?」

「わかり合える人。」

「……どうかな。」



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