傷痕~想い出に変わるまで~
ポケットからスマホを出してタクシーを呼び、なんとか必死で門倉を立ち上がらせ、肩を貸してオフィスを出た。

エレベーターに乗ると門倉の苦しそうな息遣いがさっきよりハッキリと耳に届いた。

「とにかく家まで送ってくから。タクシーの運転手さんに家の場所くらいは言える?」

「いいって言ってるだろ…。俺のことなんかほっといて…あいつんとこ行けよ…。待ってんだろ…。」

門倉にはそんなこと一言も言ってないのに、私が光と会う約束してるのなんで知ってるんだろう?

「…なんで?」

「仕事しながら…ずっと…時計チラチラ…見てただろ…。わかるっつーの…。」

それって…門倉はずっと私を見てたってこと?

「覗き見禁止だからね。」

「しょうがねぇだろ…。目が勝手に…見てるんだから…。とにかく…俺のことはほっとけ…。言う通りにしないと…襲ってやるからな…。」

こんな熱があっても憎まれ口だけは叩けるんだから、家に着くまでなんとか意識は持ちそうだ。

「できるもんならやってみな。一人じゃまともに歩けないくせに。病人は大人しく言うこと聞きなさい。家まで送らせろ。」

「…くそ…覚えてろよ…。」

こんな時に不謹慎なのはわかってるんだけど。

門倉に憎まれ口を叩かれるのが嬉しいなんて、私もどうかしてる。

なんだかんだ言いながらも門倉は私の肩に体の重みを預けている。

いつもはバカにされたり助けられたりしてばかりだったから、今は私が門倉を助けているんだと思うと優越感で笑いがもれた。


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