傷痕~想い出に変わるまで~
拳を握りしめ奥歯を噛みしめながらその言葉を聞いていた光が、私の肩を強く掴んだ。

「だったらなんであの時何も言わなかったんだよ!瑞希は怒りも泣きもしなかっただろ!俺だって好きで浮気なんかしたんじゃない!!ホントは瑞希にもっと愛して欲しかったよ!!仕事より何より俺だけを大事にして欲しかった!!離婚しようって言っても引き留めもしなかったじゃん!!瑞希が俺を要らないものにしたんだろ?!」

お互い感情が昂り、あの頃言えなかった本音を声を張り上げてぶつけた。

それは時間が経った分だけ重くて、錆びた刃物みたいに胸をえぐって痛めつける。

今更こんなことして何になるんだろう?

お互いに更に深く傷付け合うだけなのに。

悲しくて、胸が痛くて、息をすることさえ苦しくて、こんな形でしか本音を言い合うことができない自分たちの未熟さが悔しくて涙が溢れた。

「全部私のせい…?それが光の本音なんだね。」

「ごめん、違うんだ。」

光は慌てて弁解しようとした。

一度口から出た言葉はもう戻らないのに。

“覆水盆に帰らず”だ。

過ぎた過去だってやり直せない。

「光が好きなのはまだ就職する前の昔の私でしょ…?やっぱり今の私は光の気持ちに応えることなんかできない…。」

「待って瑞希、話を聞いて。」

「昔の失敗をくりかえさないように今度こそ光のこと大事にしようって思ってたけど…ずっとお互いの顔色ばっかり見て、昔の傷に触れないようにして…。いくら一緒にいたって昔には戻れないもん、やっぱり無理だよ…。」

< 208 / 244 >

この作品をシェア

pagetop