傷痕~想い出に変わるまで~
いっそ逃げ出してしまおうと後退りしかけた時。

「篠宮、田村がおまえのこと探してたぞ。」

門倉がコーヒーを飲みながら私に声を掛けた。

「えっ?!ああ、ありがとう!!行かなきゃ、じゃあね!」

「あっ、瑞希…。」

私は門倉の出した助け船に乗っかって、光の顔も見ずに慌ててその場を離れた。

田村くんは早川さんと一緒にオリオン社に行っている。

きっと門倉は私がその場を離れたかったことをなんとなく察して嘘をついたんだ。

まったくあの男はタイミングがいいのか悪いのか。

あいつ誰だとか何話してたんだとか、後でいろいろ聞かれるんだろうな。




二課のオフィスに戻って数分後、門倉がコーヒーを持って現れた。

「篠宮課長、ホットコーヒーお持ちしましたー。」

「いつから一課の課長はコーヒーの配達始めたの?」

「さっきコーヒー飲み損ねたんじゃないかと思ってさ。俺めっちゃ優しいだろ。」

「ちょっと腹立つけど…ありがとう…。」

カップを受け取りコーヒーを一口飲み込むと、門倉はニヤリと笑った。

イヤな予感しかしない。

「飲んだな。コーヒー代は今日の晩飯でいいぞ。」

「えっ、お金取るの?!」

ケチ!!ちょっといい奴だと思ったのに!

「冗談だ。コーヒーはおごってやるから晩飯付き合え。どうせいつものだろ。」

「…まぁ。」

「じゃあ終わったら連絡しろよ。」

門倉は言いたいことだけ言うとさっさと出ていった。

みんなは私と門倉が同期で昔同じ部署にいたことを知っているから、こんなことがあっても変な勘繰りはしない。

本当によくできた部下たちだ。




< 29 / 244 >

この作品をシェア

pagetop