むらさきひめ~死にたがりの貴方へ
しきせんぱい4
「おい、あゆか?」
……ふと声をかけられて、我に返る。
「あ……和秋」
「何ぼーっとしてんだよ」
また、怪訝そうな顔をする和秋。
ここ数日で、何回くらいそんな顔を見ただろうか。それだけ、あたしの様子がおかしいってことなのだろう。
「次、移動だぜ?」
「ん……あ、そうだったね」
教室を見回すと、また今度も、あたし達以外には誰もいない。思い出す。確か、二時限目は美術の授業だったかな……。
(えーと、確かそのはずだよね)
自分に言い聞かせていると、
「あゆか?」
また、彼の声が振り向かせる。
「え? ああ……何」
「何、って……」
和秋は怪訝な表情に、不安そうな色を重ねた。
「あゆか、おまえ最近本当におかしいぜ? マジで病院行ったほうがよくねーか?」
……本当に、あたしを心配してくれる。それが、わかる。痛いくらいに、わかる。
でも、それはあたしの欲しい気遣いじゃないから。
彼の優しさは、ただの友達に対する感情だから。
……だから。
きっと、あたしはイライラしてしまう。
「へーきだって!」
あたしは殊更元気に立ち上がる。
空元気で、強がりで、ごうじょっぱり。そのくらいの余裕はあったけれど――
「……だけどよ」
「平気だよ!」
食い下がってくる和秋に、あっさり余裕はなくなってしまう。あたしはつい、険のある声で言ってしまった。しまった、と思うけれど、もう遅い。
彼の顔色が、少し変わる。それは、怒っているのか。ただ、戸惑っているだけなのか。
……それを、確認する前に。
あたしはおどけた感じで、言葉を返す。
「あはは、ごめん。ごめん。最近、ちょっと寝不足なんですよ」
本心を押し殺すための、都合のよい言い訳を探す。
「最近、台詞の暗記に手間取っててさ。ほら、あたしも頑張らないとね?」
それは、とても理屈の通る言葉に思えた。
公演を間近に控えて、役の台詞を暗記しなくてはならない。そのために少し寝不足で、だからイライラもしている。そのせいで当たってしまってゴメンネ……ほら、何て素敵な言い訳だろう。
自分以外は、きっと誤魔化せる言い訳でしょう。
「それなら、いいけどさ」
一応は納得の色を見せてくる和秋。あたしは、そこにたたみかける。
「ほらほら、早くいこー。遅刻しちゃいますですよ」
あたしは小脇に教科書やらを抱えて、もう片方の手で和秋を押し出す。気安い幼友達に、気軽に触れるように――そんな、演技をする。
さすが、演劇部員。惚れ惚れするほどの名演技だ。
ほら、和秋は騙されている。だから、平気。こうやって、ずっとずっと演技をしていけばいい。
心の痛みなんて、押し殺して。誤魔化して。やり過ごして。
ずっと、ずっと。
そんなことを、繰り返して。
いつまで。
いつまで?
――あたしは、いつまで……こんなことを繰り返していればいいのかな?
◇
放課後の校舎。
あたしは、部室がある南校舎に向かっている。
遠くに聞こえる楽器の音色、吹奏楽部の練習だろう。それが、何だかひどく物寂しい。
踏みしめる廊下が、ひどく頼りなかった。油断すると、踏み外してしまいそうだ。
そんなこと、あるわけがないのに。
歩きなれたはずの部室への道のりも、うっかりすると迷ってしまいそうだった。
(……何だろう、この感覚って)
となりに、和秋の姿はない。
彼は生徒指導室に呼ばれているせいで、部活には少し遅れる。
残念に思う反面、どこかほっとしている自分がいた。
彼のそばには、いたい。でも、そばにいると痛い。心が、軋んで。ずきずき、とうずいて……たまらない。
(ほんと……何時まで、こんなことをしていればいいんだろう?)
自問する。自分自身に、問いかける。
……ふと声をかけられて、我に返る。
「あ……和秋」
「何ぼーっとしてんだよ」
また、怪訝そうな顔をする和秋。
ここ数日で、何回くらいそんな顔を見ただろうか。それだけ、あたしの様子がおかしいってことなのだろう。
「次、移動だぜ?」
「ん……あ、そうだったね」
教室を見回すと、また今度も、あたし達以外には誰もいない。思い出す。確か、二時限目は美術の授業だったかな……。
(えーと、確かそのはずだよね)
自分に言い聞かせていると、
「あゆか?」
また、彼の声が振り向かせる。
「え? ああ……何」
「何、って……」
和秋は怪訝な表情に、不安そうな色を重ねた。
「あゆか、おまえ最近本当におかしいぜ? マジで病院行ったほうがよくねーか?」
……本当に、あたしを心配してくれる。それが、わかる。痛いくらいに、わかる。
でも、それはあたしの欲しい気遣いじゃないから。
彼の優しさは、ただの友達に対する感情だから。
……だから。
きっと、あたしはイライラしてしまう。
「へーきだって!」
あたしは殊更元気に立ち上がる。
空元気で、強がりで、ごうじょっぱり。そのくらいの余裕はあったけれど――
「……だけどよ」
「平気だよ!」
食い下がってくる和秋に、あっさり余裕はなくなってしまう。あたしはつい、険のある声で言ってしまった。しまった、と思うけれど、もう遅い。
彼の顔色が、少し変わる。それは、怒っているのか。ただ、戸惑っているだけなのか。
……それを、確認する前に。
あたしはおどけた感じで、言葉を返す。
「あはは、ごめん。ごめん。最近、ちょっと寝不足なんですよ」
本心を押し殺すための、都合のよい言い訳を探す。
「最近、台詞の暗記に手間取っててさ。ほら、あたしも頑張らないとね?」
それは、とても理屈の通る言葉に思えた。
公演を間近に控えて、役の台詞を暗記しなくてはならない。そのために少し寝不足で、だからイライラもしている。そのせいで当たってしまってゴメンネ……ほら、何て素敵な言い訳だろう。
自分以外は、きっと誤魔化せる言い訳でしょう。
「それなら、いいけどさ」
一応は納得の色を見せてくる和秋。あたしは、そこにたたみかける。
「ほらほら、早くいこー。遅刻しちゃいますですよ」
あたしは小脇に教科書やらを抱えて、もう片方の手で和秋を押し出す。気安い幼友達に、気軽に触れるように――そんな、演技をする。
さすが、演劇部員。惚れ惚れするほどの名演技だ。
ほら、和秋は騙されている。だから、平気。こうやって、ずっとずっと演技をしていけばいい。
心の痛みなんて、押し殺して。誤魔化して。やり過ごして。
ずっと、ずっと。
そんなことを、繰り返して。
いつまで。
いつまで?
――あたしは、いつまで……こんなことを繰り返していればいいのかな?
◇
放課後の校舎。
あたしは、部室がある南校舎に向かっている。
遠くに聞こえる楽器の音色、吹奏楽部の練習だろう。それが、何だかひどく物寂しい。
踏みしめる廊下が、ひどく頼りなかった。油断すると、踏み外してしまいそうだ。
そんなこと、あるわけがないのに。
歩きなれたはずの部室への道のりも、うっかりすると迷ってしまいそうだった。
(……何だろう、この感覚って)
となりに、和秋の姿はない。
彼は生徒指導室に呼ばれているせいで、部活には少し遅れる。
残念に思う反面、どこかほっとしている自分がいた。
彼のそばには、いたい。でも、そばにいると痛い。心が、軋んで。ずきずき、とうずいて……たまらない。
(ほんと……何時まで、こんなことをしていればいいんだろう?)
自問する。自分自身に、問いかける。