むらさきひめ~死にたがりの貴方へ
あたしの気のせいだったのかもしれない。
それとも、あたしと和秋の気のせいだったのかもしれない。
「……あゆか」
休み時間。
廊下を歩いていた和秋がふと立ち止まり、窓の外に視線を向けていた。あたしもその視線の先を追う。
二階から、下に広がる光景。あたしは、すぐに和秋が何を見たのか思い当たった。
中庭に、ふたりの生徒。卓也先輩と、翔子先輩だった。
他にも生徒はいるはずなのに、わたしには、そのふたりしか映らなかった。
最近、ふたりでいる姿をよく見かける。逆に、真姫先輩と卓也先輩が一緒にいるところはあまり見ていないような気がする。
「なあ、久我先輩は……真姫先輩と付き合っているんだよな?」
あたしに訊いてくる和秋。それは、彼自身への疑問にも思えた。
「そのはずだよね」
ここからでは、何を話しているかはわからない。単純に部活のことかもしれない。
『わたしは、そんなに顔が広くないから。そういうことは、翔子ちゃんの方が向いてるし。卓也は部長だもの』
真姫先輩の言葉を、思い出す。当然の理屈。充分な理由。だけど、納得するには少しだけ足りない。それは、ただの考えすぎなのだろうか?
「これじゃあ、まるであのふたりが付き合っているみたいじゃないか……」
あたしが思っていて、言葉にしなかったことを、和秋が、うめくみたいに口にした。
あたしにだけじゃない。和秋にもそう見えるんだ。だったら、他の人達にはどうなんだろう?
仲がよさそうに見える、卓也先輩と翔子先輩。
そんなふたりを、遠く離れた場所から見ている真姫先輩の姿が、あたしの頭の中に浮かぶ。
寂しそうに、哀しそうに――それでも、微笑んでいる真姫先輩。
胸が、痛んだ。
真姫先輩に嫉妬する痛みとは、少し違う気がした。そんな自分を自覚して、
「だったらさ」
あたしは、口を開く。自分でも、どうしてそんなことを言うのかわからないままで。たちの悪い冗談として。
「――和秋、真姫先輩を取っちゃったら?」
「え?」
和秋が、あたしを見る。
すぐには、言葉を理解しなかったのだろう。呆然とした様子の和秋に、あたしは重ねて口にする。
「真姫先輩をないがしろにしてる卓也先輩なんかに、真姫先輩を任せて置けないんじゃない?」
「……!」
和秋の顔色が、変わった。
短く息を飲む音。やけに、大きくあたしの耳に届いた。
もしかしたら。
和秋も、そう思ってしまったのかもしれない。いっそ、自分が。自分の方が。だから、あたしにそう言われて……図星を付かれて、そのせいだったのか。
「悪い冗談はよせよ」
静かに、押し殺した声。それは、和秋が本当に怒る時の声だった。少し、後悔する。あたしは、調子に乗りすぎたのかもしれない。
「……ごめん」
素直に、謝る。
「あ……いや」
和秋は気まずそうに視線を逸らした。
そうして、あたしと彼の間に横たわる重苦しい空気。少しの重さを持って、肩にのしかかってくる。少しだけ息苦しい不快感が、続いていく。
しばらくして、
「あのさ……」
それを破ったのは、和秋だった。
ためらいがちに、迷っているみたいだったけれど、それでも言葉にする。
「……俺、真姫先輩のこと好きだから……だからさ、哀しんでほしくないんだ」
大好きな人には、何時だって笑っていて欲しい。
たとえ、その笑顔が自分に向かなくても。他の誰かに向いていても。
それでも――笑っていて欲しい。
「そうだね……」
自分でも驚くくらい素直に、同意の言葉が突いて出る。
頷きながら、思い出していた。
あたしの頭をそっと撫でてくれた小さな手。困ったような、あの笑顔。耳に優しかった透き通る声。
真姫先輩。
あたしの恋敵で。
絶対、かなわない。
うらやましくて、妬ましい。
けれど。
あの人の哀しい顔は、見たくない。
その想いだけは、和秋と同じだった。
少なくとも、その想いを否定できなかった。
でも。
だけど。
その想いは。
その願いは。
その祈りは。
――きっと裏切られることを、あたしは知っていた。
それとも、あたしと和秋の気のせいだったのかもしれない。
「……あゆか」
休み時間。
廊下を歩いていた和秋がふと立ち止まり、窓の外に視線を向けていた。あたしもその視線の先を追う。
二階から、下に広がる光景。あたしは、すぐに和秋が何を見たのか思い当たった。
中庭に、ふたりの生徒。卓也先輩と、翔子先輩だった。
他にも生徒はいるはずなのに、わたしには、そのふたりしか映らなかった。
最近、ふたりでいる姿をよく見かける。逆に、真姫先輩と卓也先輩が一緒にいるところはあまり見ていないような気がする。
「なあ、久我先輩は……真姫先輩と付き合っているんだよな?」
あたしに訊いてくる和秋。それは、彼自身への疑問にも思えた。
「そのはずだよね」
ここからでは、何を話しているかはわからない。単純に部活のことかもしれない。
『わたしは、そんなに顔が広くないから。そういうことは、翔子ちゃんの方が向いてるし。卓也は部長だもの』
真姫先輩の言葉を、思い出す。当然の理屈。充分な理由。だけど、納得するには少しだけ足りない。それは、ただの考えすぎなのだろうか?
「これじゃあ、まるであのふたりが付き合っているみたいじゃないか……」
あたしが思っていて、言葉にしなかったことを、和秋が、うめくみたいに口にした。
あたしにだけじゃない。和秋にもそう見えるんだ。だったら、他の人達にはどうなんだろう?
仲がよさそうに見える、卓也先輩と翔子先輩。
そんなふたりを、遠く離れた場所から見ている真姫先輩の姿が、あたしの頭の中に浮かぶ。
寂しそうに、哀しそうに――それでも、微笑んでいる真姫先輩。
胸が、痛んだ。
真姫先輩に嫉妬する痛みとは、少し違う気がした。そんな自分を自覚して、
「だったらさ」
あたしは、口を開く。自分でも、どうしてそんなことを言うのかわからないままで。たちの悪い冗談として。
「――和秋、真姫先輩を取っちゃったら?」
「え?」
和秋が、あたしを見る。
すぐには、言葉を理解しなかったのだろう。呆然とした様子の和秋に、あたしは重ねて口にする。
「真姫先輩をないがしろにしてる卓也先輩なんかに、真姫先輩を任せて置けないんじゃない?」
「……!」
和秋の顔色が、変わった。
短く息を飲む音。やけに、大きくあたしの耳に届いた。
もしかしたら。
和秋も、そう思ってしまったのかもしれない。いっそ、自分が。自分の方が。だから、あたしにそう言われて……図星を付かれて、そのせいだったのか。
「悪い冗談はよせよ」
静かに、押し殺した声。それは、和秋が本当に怒る時の声だった。少し、後悔する。あたしは、調子に乗りすぎたのかもしれない。
「……ごめん」
素直に、謝る。
「あ……いや」
和秋は気まずそうに視線を逸らした。
そうして、あたしと彼の間に横たわる重苦しい空気。少しの重さを持って、肩にのしかかってくる。少しだけ息苦しい不快感が、続いていく。
しばらくして、
「あのさ……」
それを破ったのは、和秋だった。
ためらいがちに、迷っているみたいだったけれど、それでも言葉にする。
「……俺、真姫先輩のこと好きだから……だからさ、哀しんでほしくないんだ」
大好きな人には、何時だって笑っていて欲しい。
たとえ、その笑顔が自分に向かなくても。他の誰かに向いていても。
それでも――笑っていて欲しい。
「そうだね……」
自分でも驚くくらい素直に、同意の言葉が突いて出る。
頷きながら、思い出していた。
あたしの頭をそっと撫でてくれた小さな手。困ったような、あの笑顔。耳に優しかった透き通る声。
真姫先輩。
あたしの恋敵で。
絶対、かなわない。
うらやましくて、妬ましい。
けれど。
あの人の哀しい顔は、見たくない。
その想いだけは、和秋と同じだった。
少なくとも、その想いを否定できなかった。
でも。
だけど。
その想いは。
その願いは。
その祈りは。
――きっと裏切られることを、あたしは知っていた。