むらさきひめ~死にたがりの貴方へ

しきせんぱい6

 夢を見るんだ。
 繰り返し、繰り返し。
 思い出すんだ。
 何度も、何度も。
 どうしようもない心の痛み。締め付けられるような苦しさ。どうにもならないやるせなさ。
 
 泣き崩れる和秋の背中。
 黒い喪服姿の、たくさんの人。
 いくつもの花輪と、遺影の中で笑うあの人。
 憂鬱な灰色の空は、今にも雨が降りそうで……いっそ、ざあざあ降ってくれれば。
 みんなをずぶ濡れにしてくれれば、みんなの涙を誤魔化すことができるのかもしれない。

 そんな意味のないことを、どこか冷静な心が考えていた。
 その冷え切った心の打算が、あたしに、打ちひしがれる和秋を抱きしめさせる。
 
 ……あたしが、いるから。

『あのヒトがいなくなっても、あたしはずっとそばに、いるから』

 そんな言葉を囁く。
 
       ◇
 
「……え?」

 白昼夢から、また目を覚ます。
 突然の目覚めは、めまいとなって身体の中を駆け抜けていった。

「あゆか」

「…………」

「おい、あゆか?」

「? ああ、和秋」

 呼びかけに応えて、あたしは小さく笑った。

「また意識が飛んでたのか?」

「また、って」

 あたしは殊更軽い調子で言う。今更ながらに感じる冷えた空気が、頬を撫でていく。

「それじゃあ、まるであたしが危ないヒトみたいじゃない?」

「冗談で言ってるんじゃないぞ」

「すいません」

 和秋のちょっと強い声に、あたしは殊勝に肩を縮めた。

「なあ、本当にいいのか? 何なら、今日は休んでろよ」

「うーん」

 あたしは少し思い悩む。
 いつもの通りの通学路。
 だけど、周囲にちらほらあるはずの登校する生徒達の姿はない。
 まあ、それも当然。今日は日曜日。お休みなのである。
 では、なぜあたしと和秋がここにいるかと言うと、今日は自主練習をしようという約束をしていたからである。
 お昼を食べてから、家の前で落ち会った。

「無理しないほうがいいぜ?」

 今日は、目覚めも最悪だった。ろくでもない夢を見たせいか、その後遺症をひきずっている。本音を言えば、家でおとなしくしていたかった。それに、なぜか今日は学校に行きたくない。
 わざわざ休日を返上するのが面倒というわけではなくて、自分でもわからないけど、強くそう思っていた。
 けれど。
 自分でも、わからないけれど。
 同時に。  絶対に、今日は学校に行かなくてはならない気もしていた。自分の中の誰かが、そうしなくてはいけないと命令をしているようが気がする。
 まるで役割を与えられた役者が、そう演じなければいけないみたいに――そんなことを思ってしまう。

(……ほんと、最近変なのよね)

 自分でも思う。意識にぼんやりともやがかかることも時々あるし、ずっと前にも同じものを見たり聞いたりした感覚……え~と、既視感というやつか――を覚えることもある。
 和秋と真姫先輩のことで、ストレスがたまっているせいか。それとも、本当にどこか悪いのだろうか……。

「うーん、じゃあさ。様子見て……早めに帰るよ」

 あたしはさっさと歩き出す。

「そうか?」

 和秋も、ついて来た。
 それから、ふたりで。他愛のない話をしながら、いつものように、いつもよりずっと遅い時間帯で、いつもの通学路を歩いて行った。

 
 その先に続く、現実を忘れたままで。
 まだ、その記憶を取り戻せないままで。
 不安と違和感を抱えたまま、あたしは歩いて行く。

 
 ――そうして。
 あたしは、思い出す。  
 夢から覚めて。
 忘れていたことを、思い出す。
 
       ◇
 
「あれ?」

 ふと見ると、わずかに部室のドアが空いていた。あたしは意外に思って、声を漏らす。
 すぐとなりで、和秋も同じような顔をしていた。

(先輩の誰かでも、来ているのかな)

 そんなことを思って。
 そう、そんなことを軽く考えて。
 そんな光景は、予想もしないまま、ドアを横に引いて――

 
 あたしは、言葉を失った。

 
 ……え?

 
 と、たったそれだけ。
 ただ、それだけが頭の中で繰り返す。
 ぐるぐる、ぐるぐると意味もなく。
 眼に映るその光景を、あたしの意識はすぐには理解してくれない。その瞬間には、理解を拒絶する。
 だって、あまりにも信じられなくて。あんまりにも、信じたくなくて。

 
 だって。
 ……だって!

 
 そこには、ふたりの先輩の姿があった。
 卓也先輩と、翔子先輩。
 そのふたりだけ。真姫先輩のいない場所で、ふたりきり。

 ふたりとも、突然あたしと和秋が姿を見せたことに唖然として、我に返って、何かを必至に言っている。わめきたてている。
 何を言っているのか、わからない。だけど、きっとわかる必要なんてない。
 今更ふたりが何を言っても、どうだっていい。
 もっと重要で、どうしようもないくらい致命的な事実を、あたしは理解していたから。

 
 そう、ついさっきあたしの目の前で。
 
 ――ふたりは、キスをしていたんだ……。
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