むらさきひめ~死にたがりの貴方へ
しきせんぱい7
現実感が、なかった。
意識にもやがかかって。
視界が、ゆらめいて。
アハハ……まるで、悪い夢みたい。
たちの悪い三文芝居。演出も、脚本も、全部全部……最低で最悪な夢。
そうだとしたら。
それは、誰が見た夢で。
誰が、見ている夢なのだろう。
◇
「あ――!」
唇を振るわせるのは、怒りを孕んだ声だった。
押し殺すことなんて、できないくらいの。
我慢できずに、あふれてしまうほどの。
そんな、声だった。
「……ぁ、んた達! 何やってやがんだよおっ……!」
その叫び声は、あたしじゃない誰かのものだった。
だけど、あたしも同じ気持ちだったに違いないから。
その声は、あたし自身の声だと錯覚してしまった。
目の前には、見苦しくうろたえるふたりの人間。
ひとりは、自分の恋人を裏切った男で。もうひとりは、親友を裏切った女だった。
そんな人間を前に、いったいどんな感情を覚えればいいというのだろう?
最低で、最悪。ヒトの形をしたクズ人形には……吐き気を押し殺して、めまいに倒れそうになりながら、殴り飛ばして、蹴りつけて、ツバを吐きかけて――きっと、それでも足りない。全然、ちっとも、足りないはずだ!
だから、
「この野郎っ!」
あたしのとなりを駆け抜けていく和秋を、止めなかった。
「ふざけんなあっ!」
卓也先輩の胸倉をつかむ和秋を、あたしは、止めなかった。
だから、あたしか……それとも、他の誰かの代わりに。
「やめてえっ!」
引き裂く声。割り込んでくる悲鳴が――
殴りかかろうとした和秋を、止めていた。
◇
誰もが、押し黙る。
誰もが凍り付いてしまって、ただ彼女を見つめるだけだった。
「……真姫」
やがて、呻くような声でその名前を呼んだのは卓也先輩だった。
「先輩」
立ち尽くす和秋を軽く押しのけて。
震える手を差し伸ばしながら、真姫先輩に歩み寄ろうとする卓也先輩。
それを、翔子先輩が押しとどめた。
後ろから抱き付いて、それを真姫先輩に見せ付けるような格好で。
「見ての通りよ? 真姫」
唇を醜くゆがめながら、そう言った。
「あんたが、悪い。あんたが……悪いんだ」
「……翔子?」
声を漏らす卓也先輩をさえぎって。
「翔子、ちゃん?」
震える真姫先輩のを押しのけて。
上ずった声で、言いつのる翔子先輩。
「そうよ! 真姫、あんたのせいなんだ。あんたが、きちんと卓也をつなぎとめていないから……だから、卓也は、不安になって……本当に、あんたが自分を好きなのかって……!」
――だから、自分が彼をもらった。
「あたしだって……ずっと、卓也が好きだったんだよ? それを、あんたに譲ったのに……譲ってやったのに……!」
だから。
あんたが、悪い。
だから。
自分のせいじゃない。
だから。
自分は悪くない。
いつも、控えめに微笑んでいた真姫先輩。
卓也先輩が、少しくらい彼女をないがしろにしても。少しくらい、彼女の親友と一緒にいても。彼女といなくても、平気だった真姫先輩。
でも、それが皮肉にも。
それが、卓也先輩を不安にさせた。
それが、彼の心を揺り動かした。
本当に、自分は彼氏なのかって。
真姫先輩は、自分を好きなのかって?
――だから。
だから、翔子先輩に傾いた。
きっと、ほんの少し。
少し、ちょっとだけのつもりで。
でも、少しだけ寄りかかってしまった卓也先輩を、翔子先輩はがっしりと抱きかかえてしまった?
そういうこと、なのだろうか?
意識にもやがかかって。
視界が、ゆらめいて。
アハハ……まるで、悪い夢みたい。
たちの悪い三文芝居。演出も、脚本も、全部全部……最低で最悪な夢。
そうだとしたら。
それは、誰が見た夢で。
誰が、見ている夢なのだろう。
◇
「あ――!」
唇を振るわせるのは、怒りを孕んだ声だった。
押し殺すことなんて、できないくらいの。
我慢できずに、あふれてしまうほどの。
そんな、声だった。
「……ぁ、んた達! 何やってやがんだよおっ……!」
その叫び声は、あたしじゃない誰かのものだった。
だけど、あたしも同じ気持ちだったに違いないから。
その声は、あたし自身の声だと錯覚してしまった。
目の前には、見苦しくうろたえるふたりの人間。
ひとりは、自分の恋人を裏切った男で。もうひとりは、親友を裏切った女だった。
そんな人間を前に、いったいどんな感情を覚えればいいというのだろう?
最低で、最悪。ヒトの形をしたクズ人形には……吐き気を押し殺して、めまいに倒れそうになりながら、殴り飛ばして、蹴りつけて、ツバを吐きかけて――きっと、それでも足りない。全然、ちっとも、足りないはずだ!
だから、
「この野郎っ!」
あたしのとなりを駆け抜けていく和秋を、止めなかった。
「ふざけんなあっ!」
卓也先輩の胸倉をつかむ和秋を、あたしは、止めなかった。
だから、あたしか……それとも、他の誰かの代わりに。
「やめてえっ!」
引き裂く声。割り込んでくる悲鳴が――
殴りかかろうとした和秋を、止めていた。
◇
誰もが、押し黙る。
誰もが凍り付いてしまって、ただ彼女を見つめるだけだった。
「……真姫」
やがて、呻くような声でその名前を呼んだのは卓也先輩だった。
「先輩」
立ち尽くす和秋を軽く押しのけて。
震える手を差し伸ばしながら、真姫先輩に歩み寄ろうとする卓也先輩。
それを、翔子先輩が押しとどめた。
後ろから抱き付いて、それを真姫先輩に見せ付けるような格好で。
「見ての通りよ? 真姫」
唇を醜くゆがめながら、そう言った。
「あんたが、悪い。あんたが……悪いんだ」
「……翔子?」
声を漏らす卓也先輩をさえぎって。
「翔子、ちゃん?」
震える真姫先輩のを押しのけて。
上ずった声で、言いつのる翔子先輩。
「そうよ! 真姫、あんたのせいなんだ。あんたが、きちんと卓也をつなぎとめていないから……だから、卓也は、不安になって……本当に、あんたが自分を好きなのかって……!」
――だから、自分が彼をもらった。
「あたしだって……ずっと、卓也が好きだったんだよ? それを、あんたに譲ったのに……譲ってやったのに……!」
だから。
あんたが、悪い。
だから。
自分のせいじゃない。
だから。
自分は悪くない。
いつも、控えめに微笑んでいた真姫先輩。
卓也先輩が、少しくらい彼女をないがしろにしても。少しくらい、彼女の親友と一緒にいても。彼女といなくても、平気だった真姫先輩。
でも、それが皮肉にも。
それが、卓也先輩を不安にさせた。
それが、彼の心を揺り動かした。
本当に、自分は彼氏なのかって。
真姫先輩は、自分を好きなのかって?
――だから。
だから、翔子先輩に傾いた。
きっと、ほんの少し。
少し、ちょっとだけのつもりで。
でも、少しだけ寄りかかってしまった卓也先輩を、翔子先輩はがっしりと抱きかかえてしまった?
そういうこと、なのだろうか?