むらさきひめ~死にたがりの貴方へ
しきせんぱい8
(……ああ、なんて)
なんて、身勝手な理屈だろう。裏切っておいて。奪っておいて。優しい真姫先輩の心を踏みにじっておいて!
何を……何を、そんな自分勝手で自分よがりな言葉を吐くのだろうか!
ひどすぎる。
こんなの、ひどすぎる。
こんな結果、こんな結末、誰が用意した? 誰が、望んだ? 誰が、決めた?
哀しすぎる。
あんまりにも、救いがなさすぎる。
それでも、
それなのに――
……先輩は、微笑んだ。
真姫先輩は、微笑んだんだ。
恋人に裏切られて、親友に裏切られて、そんな残酷な光景を目の当たりにしたはずで。
その上で、心無い言葉を投げつけられているのに――それなのに!
だから……心は、きっと痛いはずなのに。ずたずたで、ぼろぼろで、めちゃくちゃで……悲鳴をあげたいはずなのに!
泣き笑いのような顔を、無理矢理にゆがめてまで……先輩は、微笑むんだ。
何で?
どうして?
ののしればいいじゃないですか。怒ればいいじゃないですか。声を張り上げて、叫べばいいじゃないですか。
だって、それが普通じゃないの? 当たり前じゃないの? こんな時まで。そんな、物分かりのいい表情を、貴方はするのですか?
声にならないあたしの問いかけ。
当然のように、誰も答えない。何も、応えない。
音が、遠くなる。
目の前の光景が、遠く隔たっていく感覚。
その向こうで、
「…………」
先輩は、静かに背を向けた。
ゆっくりと、ゆっくりと。
肩にかかる長い黒髪が、ひるがえる。
まるで黒い幕みたいに、先輩の顔を隠す。
誰かが、思わず伸ばそうとした手は届かなくて。
先輩は。
みんなをその場に残して、駆け出した。
「……!」
小さく息を飲む音が、やけにはっきりと耳に届いた。
視線を向けると、和秋の姿。中途半端に腕を差し伸ばした格好でたたずんでいた。
その顔は、まるで取り残された子供みたいで。今にも泣き出しそうにゆがんでいる。
途端、頭に血が上った。
それは、怒りにも似ていて。
だけど、怒りとは違う。
あたしは、その感情が湧き上がるままに、
「和秋!」
声を、荒げていた。
弾かれたように、和秋があたしを見る。
「追いなさい!」
――真姫先輩を、追いかけなさい。
あなたが、一番に飛び出して……真姫先輩を追いかけなさい。
それが、一番正しいはずだとあたしは思ったから。
だから、あたしは叫んだ。
「……あゆか」
さっきは、届くことのなかったその腕。踏み出すには、弱すぎたその足を――あたしは、叱咤する。
「和秋!」
今一度あたしが荒げる声に、彼はためらいを振り払う。
「……ありがとう」
振り切って、振り捨てて、駆け出した。
真姫先輩の後を追って、部室を飛び出していく。
あたしは、その背中を見送る。
それで、いい。
杉原和秋は、脇目も振らずに九条真姫を追いかける。
藤代あゆかは、そんな彼を後押しするから。
これで、いい。
そうして。
その場には、あたし達三人だけが残った。
なんて、身勝手な理屈だろう。裏切っておいて。奪っておいて。優しい真姫先輩の心を踏みにじっておいて!
何を……何を、そんな自分勝手で自分よがりな言葉を吐くのだろうか!
ひどすぎる。
こんなの、ひどすぎる。
こんな結果、こんな結末、誰が用意した? 誰が、望んだ? 誰が、決めた?
哀しすぎる。
あんまりにも、救いがなさすぎる。
それでも、
それなのに――
……先輩は、微笑んだ。
真姫先輩は、微笑んだんだ。
恋人に裏切られて、親友に裏切られて、そんな残酷な光景を目の当たりにしたはずで。
その上で、心無い言葉を投げつけられているのに――それなのに!
だから……心は、きっと痛いはずなのに。ずたずたで、ぼろぼろで、めちゃくちゃで……悲鳴をあげたいはずなのに!
泣き笑いのような顔を、無理矢理にゆがめてまで……先輩は、微笑むんだ。
何で?
どうして?
ののしればいいじゃないですか。怒ればいいじゃないですか。声を張り上げて、叫べばいいじゃないですか。
だって、それが普通じゃないの? 当たり前じゃないの? こんな時まで。そんな、物分かりのいい表情を、貴方はするのですか?
声にならないあたしの問いかけ。
当然のように、誰も答えない。何も、応えない。
音が、遠くなる。
目の前の光景が、遠く隔たっていく感覚。
その向こうで、
「…………」
先輩は、静かに背を向けた。
ゆっくりと、ゆっくりと。
肩にかかる長い黒髪が、ひるがえる。
まるで黒い幕みたいに、先輩の顔を隠す。
誰かが、思わず伸ばそうとした手は届かなくて。
先輩は。
みんなをその場に残して、駆け出した。
「……!」
小さく息を飲む音が、やけにはっきりと耳に届いた。
視線を向けると、和秋の姿。中途半端に腕を差し伸ばした格好でたたずんでいた。
その顔は、まるで取り残された子供みたいで。今にも泣き出しそうにゆがんでいる。
途端、頭に血が上った。
それは、怒りにも似ていて。
だけど、怒りとは違う。
あたしは、その感情が湧き上がるままに、
「和秋!」
声を、荒げていた。
弾かれたように、和秋があたしを見る。
「追いなさい!」
――真姫先輩を、追いかけなさい。
あなたが、一番に飛び出して……真姫先輩を追いかけなさい。
それが、一番正しいはずだとあたしは思ったから。
だから、あたしは叫んだ。
「……あゆか」
さっきは、届くことのなかったその腕。踏み出すには、弱すぎたその足を――あたしは、叱咤する。
「和秋!」
今一度あたしが荒げる声に、彼はためらいを振り払う。
「……ありがとう」
振り切って、振り捨てて、駆け出した。
真姫先輩の後を追って、部室を飛び出していく。
あたしは、その背中を見送る。
それで、いい。
杉原和秋は、脇目も振らずに九条真姫を追いかける。
藤代あゆかは、そんな彼を後押しするから。
これで、いい。
そうして。
その場には、あたし達三人だけが残った。