むらさきひめ~死にたがりの貴方へ
しきメール4
当てもなく、ぶらぶらと。
夜の町をさ迷っていた僕は……いつしか、人気のない公園に辿りついていた。
お気に入りのはずの、あの公園だった。
薄明るい街灯に照らされる公園は、ひどく不気味で。
この上もなく、さびしくて。
この前、水無瀬さんと出会った公園と同じ場所とはとても思えなかった。
外灯の照明は、切れかかっていた。長く伸びた僕の影法師が、不愉快に揺れ動く。
周囲の木々さえ、お化けに見えた。風に揺られてざわざわ鳴るのも、より一層に不気味だった。
……彼女が、迎えに来るのだとしたら。
とても、似合いに思えてならなかった。
力なく、ベンチに腰を下ろす。
すぐとなりにカバンを置いて、だらしなく両足を投げ出した。
(……ああ、そう言えば)
ほんの数日前の日曜日。
確か、ここで水無瀬さんにデートに誘われたんだっけ。
いい気になって、思い上がってしまった。
思い返すと、ひどく滑稽だった。
あはは……僕は、何て笑える道化だったのだろう。
好意を持っている女の子に、自分もまた好意を持たれている。……なんて、自惚れてしまった。勘違いも、はなはだしい。
きっと、ただの気まぐれに。少し見知ったクラスメートを誘っただけなんだろう。
つい先ほど、偶然見かけた光景からそのことを思い知っていた。
塾の講習で遅くなった僕は、駅前でその光景を見た。
見てしまったんだ。
コンビニや書店の立ち並ぶ道路を挟んだ先に、たたずむ水無瀬さん。僕は、少し先の横断歩道を渡って声をかけようとして――
まるで、それを邪魔するみたいに一台の車が、彼女の前に止まった。車に詳しくない簿僕には、高そうな車としかわからなかった。
嫌な予感がした。
車の助手席が、彼女の前で開けられる。
嫌な予感はふくれあがって、確信となった。
彼女は、笑顔になってその車に乗り込む。走り去っていく車の、運転席の姿はやけにはっきりと僕の目に映った。
僕なんかよりずっとかっこよくて、年上の男の人だった。そのとなりの、楽しそうな彼女は僕には気付かない。
それで、僕は理解した。
理解して。
思い知って。
気が付いたら、この公園にいたんだ。
◇
(……母さん、怒っているかな)
そんなことを思う。
だけど、別にもうどうでもいい。
何もかもが、馬鹿らしくなってきていた。
そう、何もかも。
親友だと思っていた相手には、今は皮肉と嫌味をぶつけられる。
両親と担任は、やりたくもない受験勉強を押し付けてくる。
そして――
(……水無瀬さん)
勝手に勘違いして思い上がってしまった相手に、自分自身が情けない。
「……もう、どうでもいいや」
僕は携帯電話を取り出した。
何だか、無性に喉が渇いていた。けれど、それすらも、どうでもよかった。
青いはずの携帯電話。照明のせいか、今は真っ黒に見えた。
電源を、入れる。
時間は、一時半を示している。
深夜の、一時半。二時まで、あと三十分。
ふと見上げた夜空には、瞬く星々。とても綺麗だった。皮肉なほどに。でも、それはそれで構わない。
画面に目を落とす。着信の履歴が、何度もあった。
全部、同じ電話番号。あまりにも見慣れた、いい加減に見飽きた、自宅の電話番号だった。
きっと、遅くまで帰らない僕に怒り狂った母さんが、何度も何度も僕の携帯にかけたのだろう。
そう言えば、ひっきりなしに携帯が鳴っていた。そして、ほとんど無意識に携帯の電源を切ったのを思い出した。
履歴を削除していくと、
(……あ?)
その最中、自宅以外からの履歴もいくつかあった。
城阪藤二。
水無瀬なつみ。
ふたりを思い出して、ますます気分が滅入る。それが、後押しになった。
受信メールを呼び出す。
送信者『死姫』のメール。
『わたしに、逢いたいの?』
『逢いたいです』
『本当に?』
『本当です』
『本当の、本当に?』
ぼんやりと、そのやりとりを眺める。
この場所から、どこかへ連れて行ってくれる少女。
あと一回で、四回目。
これが、最期の一歩。この一歩を、踏み出せば――
(……ああ)
それは、とても素晴らしいことに思えた。
みんな、僕を傷付けるだけ。
誰もが、僕を追い込むだけ。
だったら、これ以上。
こんな場所に、いたくない。
もう、たくさんだ。
もう、うんざりだ。
……嫌だ。
何もかもが、嫌なんだ。
「もう、嫌だよ」
僕は静かに、つぶやいて。
――時間は、ちょうど午前二時。
『本当の、本当に?』
『本当に、本当です』
『今から――』
僕は、最期の一歩を踏み出した。
『――向かえに、逝きます』
メールを、送信。
その瞬間。
世界が、変わった。
夜の町をさ迷っていた僕は……いつしか、人気のない公園に辿りついていた。
お気に入りのはずの、あの公園だった。
薄明るい街灯に照らされる公園は、ひどく不気味で。
この上もなく、さびしくて。
この前、水無瀬さんと出会った公園と同じ場所とはとても思えなかった。
外灯の照明は、切れかかっていた。長く伸びた僕の影法師が、不愉快に揺れ動く。
周囲の木々さえ、お化けに見えた。風に揺られてざわざわ鳴るのも、より一層に不気味だった。
……彼女が、迎えに来るのだとしたら。
とても、似合いに思えてならなかった。
力なく、ベンチに腰を下ろす。
すぐとなりにカバンを置いて、だらしなく両足を投げ出した。
(……ああ、そう言えば)
ほんの数日前の日曜日。
確か、ここで水無瀬さんにデートに誘われたんだっけ。
いい気になって、思い上がってしまった。
思い返すと、ひどく滑稽だった。
あはは……僕は、何て笑える道化だったのだろう。
好意を持っている女の子に、自分もまた好意を持たれている。……なんて、自惚れてしまった。勘違いも、はなはだしい。
きっと、ただの気まぐれに。少し見知ったクラスメートを誘っただけなんだろう。
つい先ほど、偶然見かけた光景からそのことを思い知っていた。
塾の講習で遅くなった僕は、駅前でその光景を見た。
見てしまったんだ。
コンビニや書店の立ち並ぶ道路を挟んだ先に、たたずむ水無瀬さん。僕は、少し先の横断歩道を渡って声をかけようとして――
まるで、それを邪魔するみたいに一台の車が、彼女の前に止まった。車に詳しくない簿僕には、高そうな車としかわからなかった。
嫌な予感がした。
車の助手席が、彼女の前で開けられる。
嫌な予感はふくれあがって、確信となった。
彼女は、笑顔になってその車に乗り込む。走り去っていく車の、運転席の姿はやけにはっきりと僕の目に映った。
僕なんかよりずっとかっこよくて、年上の男の人だった。そのとなりの、楽しそうな彼女は僕には気付かない。
それで、僕は理解した。
理解して。
思い知って。
気が付いたら、この公園にいたんだ。
◇
(……母さん、怒っているかな)
そんなことを思う。
だけど、別にもうどうでもいい。
何もかもが、馬鹿らしくなってきていた。
そう、何もかも。
親友だと思っていた相手には、今は皮肉と嫌味をぶつけられる。
両親と担任は、やりたくもない受験勉強を押し付けてくる。
そして――
(……水無瀬さん)
勝手に勘違いして思い上がってしまった相手に、自分自身が情けない。
「……もう、どうでもいいや」
僕は携帯電話を取り出した。
何だか、無性に喉が渇いていた。けれど、それすらも、どうでもよかった。
青いはずの携帯電話。照明のせいか、今は真っ黒に見えた。
電源を、入れる。
時間は、一時半を示している。
深夜の、一時半。二時まで、あと三十分。
ふと見上げた夜空には、瞬く星々。とても綺麗だった。皮肉なほどに。でも、それはそれで構わない。
画面に目を落とす。着信の履歴が、何度もあった。
全部、同じ電話番号。あまりにも見慣れた、いい加減に見飽きた、自宅の電話番号だった。
きっと、遅くまで帰らない僕に怒り狂った母さんが、何度も何度も僕の携帯にかけたのだろう。
そう言えば、ひっきりなしに携帯が鳴っていた。そして、ほとんど無意識に携帯の電源を切ったのを思い出した。
履歴を削除していくと、
(……あ?)
その最中、自宅以外からの履歴もいくつかあった。
城阪藤二。
水無瀬なつみ。
ふたりを思い出して、ますます気分が滅入る。それが、後押しになった。
受信メールを呼び出す。
送信者『死姫』のメール。
『わたしに、逢いたいの?』
『逢いたいです』
『本当に?』
『本当です』
『本当の、本当に?』
ぼんやりと、そのやりとりを眺める。
この場所から、どこかへ連れて行ってくれる少女。
あと一回で、四回目。
これが、最期の一歩。この一歩を、踏み出せば――
(……ああ)
それは、とても素晴らしいことに思えた。
みんな、僕を傷付けるだけ。
誰もが、僕を追い込むだけ。
だったら、これ以上。
こんな場所に、いたくない。
もう、たくさんだ。
もう、うんざりだ。
……嫌だ。
何もかもが、嫌なんだ。
「もう、嫌だよ」
僕は静かに、つぶやいて。
――時間は、ちょうど午前二時。
『本当の、本当に?』
『本当に、本当です』
『今から――』
僕は、最期の一歩を踏み出した。
『――向かえに、逝きます』
メールを、送信。
その瞬間。
世界が、変わった。