鬼上司は秘密の恋人!?
なんでこんなことになったんだろう。
そう思いながら膝の上に置いた手を落ち着きなく動かす。
ぎゅっと手を握りしめたり、指を組んだり。
静かな畳敷きの個室。
ひと目で高級だと分かる料亭で、私は正座をして男の人と向かい合っていた。
グレーのシンプルなスーツに、シルバーのフレームの眼鏡。
黙っていても眉間にかすかなシワが寄る、神経質そうな五十代の男の人。
テーブルの上には『参議院議員 宮越一彦 秘書 長尾利忠』とシンプルな書体で書かれた白い名刺。
その名刺を見下ろしながら、なんでこの人が私たちに会いに来たんだろうと必死に考える。
相手がいい要件で会いに来たのではないことは確かだ。
こんなに高そうな料亭を選んだのも、私達をもてなしたかったからではなく、ただ他の人の目につかない場所で話をするためだけだろう。
『ステートメント』の編集部で一度だけあった、宮越議員の秘書さんが、私に一体なんの用だろう。
「あの、祐一は……」
ここについた途端、トイレに行きたいと言った祐一は、お店のスタッフだと思われる女性と一緒に部屋を出たままなかなか帰ってこない。
心配になってそうたずねると、眼鏡をかけた長尾さんが静かに口を開く。
「別室で遊んでますよ。大丈夫、子供の好きそうなおもちゃを沢山用意してありますし、ちゃんと様子を見ているものもいます。ただ有希さんと落ち着いて話をしたかっただけなので」
そうは言われても、突然こんな場所に連れてこられて、祐一と離れ離れにされて安心できるわけがない。