鬼上司は秘密の恋人!?
「それに、万が一石月さんが祐一くんの父の事を知ったら、彼はかならず記事にしますよ。石月さんはスクープを手にして喜ぶかもしれない。でも、祐一くんはどう思うでしょう。自分が政治家の隠し子だったと雑誌の記事で読んで知るんです。周りからも噂されるでしょうね。今はネット社会ですから、名前を伏せたって簡単に身元を割り出される。ネットに乗った情報は、完全に消すことなんてできない。一生残るんです。彼の人生に、そんな傷を残していいと?」
膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめる。
手のひらに爪が食い込むのも気にせずに、震えるほど強く握った。
どうしていいのかわからず、落ち着きなく目が泳ぐ。
長尾さんはこの部屋に入ってきたときから一度も表情を崩さないまま、冷静な視線でじっと私を見ていた。
「それに、有希さんがこちらの条件をのんでいただけないのなら、こちらも色々考えなければなりません」
長尾さんはわざともったいぶるようにゆっくりと口を開く。
「ステートメントの広告主には、大手製薬会社の信和製薬がついていますね。こちらの会長には、先代から大変お世話になっております。それからコラムや連載を抱えている執筆者の中にも、面識のある方たちが数名……」
「私が言うことを聞かないと、広告主や執筆者に圧力をかけると脅しているんですか?」
「いえ、ただ事実を述べているだけです。それをどうするかは、これからの有希さんのお考え次第ですが」
混乱しながらぎゅっと目を閉じた。
話している相手は、自分と同じ人間なのに、とても自分の手に負えない、得体の知れない恐怖を感じて吐く息が震えた。
「まぁ、……こんな大きな決断をすぐにしろというのは酷ですから、ゆっくり考えてみてください」
もう反論する余地などないところまで追い詰めて、長尾さんは静かに笑った。
この部屋に入ってきて、はじめて見せたその笑顔は、自分の勝利を確信した笑みだった。