鬼上司は秘密の恋人!?
その私の表情を、どう感じたのか、石月さんが困ったように眉を下げる。
そして掴んでいた手首をゆっくりと離した。
「悪い。突然そんなことを言われても困るよな」
「いえ……」
俯いて、誤魔化すように首を横に振る。
「振られたからって、この家を出ていけなんていわねぇから、安心しろ」
からかうようにそう言って、ぽん、と私の頭を叩いて石月さんが椅子から立ち上がる。
そしておもちゃの片付けをする祐一のところへ歩いて行った。
私はその後姿を見ながらひとり立ち尽くし、石月さんの指の感触が残る手首に触れる。
白い手首には微かに赤く、指の跡がついていた。
この跡が、一生消えなければいいのにと願った。
そんなこと願ったって、どうしようもないけれど。
その時、石月さんのスマホが鳴り出した。
石月さんは電話にでると顔をしかめる。
短く数度やりとりしたあと、立ち上がった。
「どうしたんですか?」
心配になって聞くと、「広告営業から」と舌打ちをする。
「ステートメントに広告出してる会社から、広告を取りやめたいって連絡が来た。しかも、一社じゃない」
「そんな……」
思わず口を押さえ絶句する。
さっき向かい合っていた、長尾さんの冷たい表情を思い出して血の気が引いた。
「んな、深刻な顔すんな。そこをうまく説得して相手にもこちらにも利益が上がる契約を結ぶのが広告営業の仕事だから、きっと大丈夫」
そう言って笑った石月さんの顔を、私は後ろめたくて直視できなかった。
私がこのままここにいたら、石月さんに迷惑をかけることになるんだ。
石月さんの指の跡がついた私の手は、小さく震えていた。