鬼上司は秘密の恋人!?
今日はスーパーのパートは早上がりで、保育園に祐一を迎えに行く前に、のんびりと夕食の準備をする。
視線を上げれば部屋の全てが見渡せる、小さなアパート。
狭いはずのその場所が、やけにがらんと感じる。
お鍋にごま油を引き、豚肉や野菜をさっと炒める。
水で戻した干し椎茸やこんにゃくや厚揚げを入れて、具材でいっぱいになったお鍋を、薄いだし汁でコトコト煮る。
誰もいない部屋には、時計の秒針の音と、お鍋の中のお湯が沸騰する音だけが響いていた。
温かい湯気に、窓が薄っすらと曇る。
小さな部屋の空気が、しっとりとあたたまる。
換気扇を付けようかなと手を伸ばしかけ、お鍋の中でゆらゆら揺れるさつまいもが視界に入り、唐突に泣きたくなった。
ものすごい衝動に胸を突かれ、両手で顔を覆った。
朝起きて、由奈の写真の前に水を置いて、朝ごはんを食べて、家を出て。
雨が降れば傘をさし、太陽がでれば空を見上げる。
足元の草木に季節の移ろいを見つけて、笑い合う。
その日の晩ごはんの話をして、保育園の前でいってらっしゃいと手を振って。
帰ってきたら一緒にご飯を食べて、狭いお風呂でぎゅうぎゅうになって体を洗い、床の上に敷いた布団に並んで入る。
そんなささやかな一日を、何度も何度も繰り返して。
それで幸せなはずなのに。
なに不自由のない生活に、感謝しなければならないはずなのに。
それなのに……。
言葉にならない感情が溢れ出す。
私はいつの間に、こんなに我が儘で贅沢になっていたんだろう。
どうしようもなく寂しかった。
石月さんのいない生活が、寂しくてしかたなかった。
お鍋から立ち上る、温かな湯気を眺めながら、私はひとり声を殺して泣いた。
会いたい。
だけど会えない。
私は自分で決めてあの家を出た。
祐一と、そして石月さんを守るため。
この選択は間違ってないんだ。
そう何度も自分に言い聞かせたけれど、どうしても涙が止められなかった。