鬼上司は秘密の恋人!?
3
アパートの火事の原因は、隣の部屋の住人の火の不始末だった。
予想通り私の部屋の中は消火活動の放水で窓ガラスは割れ、水浸し。
中の家財道具は全て使えなくなっていた。
変わり果てた部屋から持ち出したのはひとつだけ。
出窓に置いてあった由奈の写真。
それだけを持って石月さんの家へと移り住んだ。
火事になったときはこの先どうなってしまうんだろうと不安でしかたなかったけど、幼稚園に事情を話すと、園長先生が気を使って、祐一のためにこども服や靴をたくさん譲ってくれた。
石月さんは私から家賃を受け取ろうとはしなかった。
ただで居座るなんて申し訳ないから、生活費だけでも出させてくださいとお願いしても『うるさい』とあしらわれるだけ。
それ以上なにか言うと、『家賃払う余裕があるなら、金を貯めてさっさと出てけ』と怒鳴られる。
まったくその通りなので、私は黙り込むしかない。
せめてものお礼にと、掃除や食事の支度はさせてもらっているけど、それすら『鬱陶しいから自分たちのことだけやってろ』と文句を言われる始末。
会社では、野辺編集長だけが私が石月さんの家にお世話になっていることを知っている。
『徳永たちに知られると、色々言われて迷惑だから』と、石月さんから言うなと口止めされていた。
家では一緒に暮らしているのに、職場では知らないふりをするのはなんだか面白い。
仕事中に『あー、煮魚食いてぇ』なんて、ぽつりとこぼした石月さんのぼやきを聞いて、今日はカレイの煮付けにしようかな、なんて夕食の献立を考える。
頭の中で買い物リストを考えていると、徳永さんに「白井さんニコニコしてるけど、なんかいいことあった?」と聞かれて飛び上がった。
「いえ、なんでもないです」
慌てて首を横に振ると、ちらりとこちらを見た石月さんに、鼻で笑われてしまった。