鬼上司は秘密の恋人!?
「単独事故で相手はいなくて、父も即死だったのが救いだった。あんな山奥の寒い寂しい場所で、歪んだ車の間にひとりきりで挟まれて意識があったら、それこそ地獄だ」
淡々と言った言葉に、切なくて胸が痛くなる。
「葬式を終えて、母が父の遺品や車に乗っていた物を整理していた時、車のトランクに入っていたクーラーボックスに気がついた。運転席はあんなにぐしゃぐしゃだったのに、トランクに入っていたクーラーボックスには、傷ひとつついてなかった」
そう言って、石月さんは息を吐き出す。吐き出した息は微かに震えていた。
「パチンと金具を外しゆっくりと蓋を開けたら、中にはただの水が入っていた。小さな草や砂が混じった、ただの汚い水」
それを聞いて私は口を覆いながら必死に唇を噛んだ。
そうしないと、泣き出してしまいそうだったから。
「父が雪山で作った雪だるまの残骸だ。クーラーボックスの底に溜まった、ただの水が父の最後に残したものだった。そのクーラーボックスを見下ろしながら、母親が俺に言った。『あんたがこんなものを欲しがったから、死んだんだ』って。『こんな我が儘を言わなければ、お父さんが死ぬことはなかったのに』って。まるで『あんたが死ねばよかったのに』とでも言いたげな、ぞっとするくらい淀んだ目で睨まれた」
「石月さん……」