君の涙の理由を俺は知らない。
男が通り過ぎるのを確認し、ゆっくり唇を離す。
すると、なゆはそのまま俺の胸に顔を埋める。
背中に手を回され、どうしたのかと思ったら泣いていた。
「濡れるよ。早く家入り。」
もう濡れてるからあまり意味はないけど、この状況はヤバい。
肩を掴んで離そうとすると、首を振って抱きしめる腕を強くする。
流石に、好きな人にこんなんされたら動揺を隠しきれない。
「……帰りたくない。」
家を目の前にしてそんな事を言い出す。
その言葉の意味は、俺が好きだからじゃない。
きっと、ただ寂しいから。
「…わがまま。」
それでも一緒にいるのは、自分でも気付かぬうちに相当惚れていたらしい。
「うるさい。」
弱々しい声が、小さな彼女をもっと小さくする。
このままなゆを無理にでも家に帰らせれば、俺の知らない所でまた泣くんだろうか。
それは、一番嫌だから。
「歩こっか。」
そう言いながら頭を撫でてやると腕の力が和らぎ、簡単に離せた。
傘を拾い、適当に歩き出す。
ゆっくり、ゆっくり。
目的地も決めないまま、歩いた。
「この歳になるとさ、公園で遊んでる子を見る度に、自分もこんな時があったなぁって思う。自分もまだ子供なのにな。」
なんてどうでもいい話をする。
困った時、いっぱい喋ってしまうのは小さい頃からの癖だ。
小学校の時こんなことがあったとか、この前歩いてたら子供が蹴ったボールが偶々頭に当たったとか。
さっきまで泣いていたなゆも少しずつ笑顔を取り戻していった。
「時の流れって早いよな。すぐ今日が昨日になる。」
「…うん。」
「あの時は恥ずかしかった。あの時は辛かった。それもさ、今なら全部笑い話にできる。そんなもんだよ。だからさ、…んな泣くなよ。」
風が吹いてきた。
濡れた体を冷やしていく。
「ありがと、しおん。」
はにかみながら笑顔を見せる。
どんなに元気付けても、その想いが消えるには時間がかかるだろう。
これから、あと何回泣くことになる?
あいつを想って……。
なゆがいない反対側を見た。
傘はそのままで、少しなゆから離れる。
「…帰ろっか。」
このまま一緒にいれば、俺はなゆを求めてしまう。
叶わないこの気持ちを、忘れられなくなってしまう。
だから……
クイっと俺の服の裾を掴む。
歩みを止め、なゆの方を見れば目にはあいつを映していた。
「………寂しいよぉ…。」
その言葉で、彼女にとって彼がどれ程大切な存在なのか思い知らされた。
あんな奴のために泣くなよ。
俺は、……あいつじゃねぇよ?
一度止めた足をまた、動かす。
「しおん」
俺の前に回ってきてギュッて抱きしめる。
「……そばにいて。」
その目には俺が映っていた。
初めて俺を映したその目から、心成しか愛情を感じて戸惑う。
それが勘付いたのか、手を離して俯いた。
「……ごめん。」
今のは忘れて。
そう言われてる気がして哀しかった。
何もなかったかのように歩き出すなゆ。
俺もそれに合わせ歩きだした。