二階堂桜子の美学
第十二話 上杉龍英

 翌朝、始業前いつものメンバーと歓談していると、瑛太のことに話が及ぶ。昨夜の件もあり少し動揺するが、平静を装い会話に耳を傾ける。
「真田さん、ホントにカッコいいよね。マカロン屋じゃなくて官僚にでもなればいいのに」
 自分勝手なことを言いう椿に美和が問いかける。
「彼、どこの大学生出てるか知ってる?」
「東大だってさ。ギリギリ許せるライン。でも、東大出てマカロン屋って考えるとちょっとおかしいよね」
「確かに、イケメンじゃなきゃゴミもいいとこよ」
 椿と美和の会話を聞きイラっとするも、表情に出ないよう我慢する。
「東大と言えば、早百合さん。貴女、東大志望でしたよね? なぜ国立なんかに?」
 美和の問い掛けに、早百合は少し不機嫌そうな顔をする。
「私の家は代々東大法学部卒なんです。しきたりや伝統みたいなもので逆らえないんです」
「そうだったの、勿体ないわね。早百合さんの成績でしたらどんな大学でも進学可能でしょうに。そう言えば、桜子さんはどちらへ進学なされるの?」
「私はケンブリッジ大学への入学がほぼ確定してるわ」
「流石は桜子さん。英会話も既に完璧ですし、あちらでも大活躍間違い無しですね」
「どうかしらね」
 その余裕の表情に美和たちは惚れ惚れする。本来ならば鼻につくような自慢話も、桜子が語ると気品溢れ素直に凄いと思える。それだけの実績と存在感が備わっているからこそ、周りも納得せざるを得ない。
 始業のベルが鳴り各自が着席し待機していると、担任教諭の武田浩市が一人の男子生徒と共に入室してくる。初見の顔ということもあり、転入生であることは容易に想像できた。
「ああ~、ホームルームを始める前に転入生の紹介をする。上杉龍英君だ。上杉君、挨拶~」
 浩市は無精ひげを生やし日々面倒臭そうな雰囲気を醸し出しており、龍英の紹介すら眠そうに行う。名門校の教師陣とは言えない風貌と性格ながら生徒からは信頼が厚く、良き兄貴分的な立ち位置となっていた。
「初めまして、上杉龍英です。ご迷惑を掛けるかもしれませんが、仲良くして下さい」
 頭を下げ笑顔を見せる龍英を見てクラスの女子の大半が熱を上げる。休み時間にはその優しく甘いマスクの転入生見たさに、他のクラスからも見学者が現れていた。
 桜子のグループ内でも注目度は高く、椿や美和を筆頭に普段男に興味を示さない早百合まで気にかけている。
「ねえ、美和さん。上杉君、かなりイケてるよね?」
「ええ、異論無く、是非もないわ」
 早百合もボーっと龍英を見つめているが、桜子だけは昨日瑛太と交わした言葉や顔が脳裏を支配していた。考えないようにすればするほど瑛太の顔が浮かび、その都度心がざわつく。
(もう会わないと決めたのに、なんでこんな気持ちになるんだろ。彼とは身分が違い過ぎるし、付き合えないと頭では分かっているのに……)
 窓から見える中庭の景色を眺めていると、周りのざわつき声で我に返る。机の前には注目の的である龍英が立っている。
「初めまして、貴女が学園のマドンナ、二階堂桜子さんですね。宜しくお願いします」
「初めまして、こちらこそ宜しく」
「聞きましたが、二階堂さんは文武に優れ、才色兼備を体現されているとか」
「それが何か?」
「いえ、素晴らしいなと思います」
「ありがとう、要件はそれだけかしら?」
「ええ、挨拶までに」
「そう、ご丁寧にありがとう」
 普段と変わらぬ桜子の対応に椿たちも唖然とする。会釈をすると龍英は自分の席に戻り、再び女子に囲まれていた。
「桜子さん、上杉君相手でも応対が全然変わらないのね?」
 椿の質問に顔を向ける。
「モテそうな雰囲気を持ってるけど、私には不釣合いでしょ?」
「正直、桜子さんに釣り合う男性が想像できないわ」
 苦笑いする椿を桜子は余裕の笑みでかわす。少し離れた席の龍英は桜子のことを凝視していた。
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