二階堂桜子の美学
第十三話 理想像
一週間後、椿と二人で原宿のミルキィに赴くことになる。瑛太本人にもう会わないと言った手前、行く事については拒否していたが、美和と早百合が急用で抜け、どうしてもと懇願され渋々付き添うこととなった。
向うまでの途中の話題は当然ながら瑛太のことばかりで、ここ最近も長く話したと自慢される。転入生の龍英とどちらがタイプかと聞くと、瑛太と即答され他人のことながらちょっと嬉しくなる。
「龍英君もイケてるけど、瑛太さんは心の優しさが伝わってくるんです。飾らない優しさみたいな感じで。龍英君の笑顔って意図的に見えません?」
「さあ、私は全く気にも掛けてないから詳しい心情までは分からないわ。ただ、椿さんが言うように、本性を隠すのが上手いタイプだとは思う。第一印象でしかないけど」
「あ、それですそれ。桜子さんの第一印象当たってると思います。本音の部分がないんです。言動が紋きりで無難すぎるんです。すべてが計算されているような感じです」
「うん、でもそれは上杉君の能力の高さを暗に示しているとも言えるわ。自分の思い描く理想像を演じきれてるってことになるから」
「ですよね。でもその理想像が私にはしっくり来ないと言うか、癪に障るというか……」
「単純に嫌いなのね?」
「はい」
笑顔で回答する椿を見て桜子も失笑してしまう。
(椿さん、冷静そうだけど快活で、単純そうだけど他人の機微を察する能力が高い。これはある意味彼女の財産かもね)
桜子の中で椿のランクが上がるのを実感しつつ並んで歩いていると、ほどなくしてミルキィに到着する。今日は営業日のはずだが屋台のシャッターが降りており、椿は慌てて駆け寄る。
「なんで開いてないんだろ? 今日は営業日なのに」
「椿さん、そのシャッターの下。メモが張ってあるわ」
言われてから椿はメモを読みあげる。
「急病につきしばらく臨時休業致します、って真田さん急病!?」
「みたいね」
「大丈夫でしょうか、真田さん?」
「連絡取れないの?」
「連絡先を交換するほど仲は良くないんです」
(私の携帯の履歴に瑛太君の番号は残ってるだろうけど、教えるわけにもいかないし)
「じゃあ、この近所のお店に少し聞いてみましょう。何か分かるかもしれないわ」
桜子の提案により聞きこみをするも、事情を知る人物はおらず数分ほどで二人は店の前に戻ってくる。
「ダメでした。すいません、私のわがままのために」
「いいのよ。好きな人に会いたい気持ちは分かるから」
「えっ!?」
「え、何?」
「桜子さん、好きな人いるんですか?」
「い、いないわよ。恋焦がれる気持ちが理解できるって言ったまで」
「そうですか、すいません勘違いして」
(今現在、椿さんと同じ気持ちだなんて死んでも言えない)
動揺を隠しながら店先に立っていると、背後から突然声を掛けられる。
「椿ちゃんと、桜子お……、ちゃん?」
桜子お嬢様と言いそうになり、それをすんでのところで回避した瑛太が近づいてくる。
「真田さん! 大丈夫なんですか!?」
「ああ、ごめんごめん、心配かけさせちゃったみたいだね。大丈夫だよ、単なる風邪だから」
「良かった、ホント心配したんですよ?」
抗議気味に詰め寄る椿とは対照的に、桜子は意識的に瑛太と距離を取る。それを察したようで瑛太も一度視線を向けただけで、後は椿と楽しそうに話す。
「心配かけたお詫びと言ってはなんだけど、今から特別にマカロン焼くから食べるかい?」
「えっ、いいんですか? 食べます食べます! 桜子さんも食べますよね?」
(ホントは距離置きたいけど、断ると瑛太君と椿さんが二人っきりになり、それもどうかと思うし。仕方ない)
内心を悟られぬように承諾すると、屋台の裏から店舗に入る。小さな店舗と思いきや、三人が入っても十分座れるスペースがあり、出されたパイプ椅子に腰掛ける。手際良くマカロンを焼く後姿に椿のみならず、桜子も見とれてしまう。
(先週、もう会わないと言っておきながら、今日はこんな間近に居ることになるとは。いえ、今日は不可抗力だ)
自分で自分に言い訳しながら瑛太の姿をじっとみつめる。その姿に気付いた椿が小声で話し掛けてくる。
「桜子さん、やっぱり真田さんカッコいいですよね。男性の料理姿って素敵だと思いません?」
「そうね」
「私、再確認しました」
「何を?」
「真田さんが好きってことをです」
(椿さんの中では、二十二歳で既婚なはずなのにそれでも宣言する、か)
「ここじゃ本人いますしなんですから、今度相談にのって下さいね」
嬉しそうに語る椿に対して、どう答えるべきか悩んでいると瑛太ができたてのマカロンを持ってやってくる。自身の中ではもう見限った存在のはずの瑛太だが、思いもよらず椿からの告白を受け心中は穏やかならず悶々としていた。