二階堂桜子の美学
第十六話 告白

「調べさせて貰ったわ。このお店の主人、真田瑛太さんだったのね。下賤な人種らしい仕事をしてたわね」
 セロハンテープで修復されたポイントカードを見せながら綾乃は語る。
(しまった。捨てるなら学校か駅にしとくべきだった)
「で、桜子。なんの目的で接触したの?」
「学友の娘が真田さんに好意を持っておりまして、その付き添いです。他に挙げるとしたらそのお店のマカロンを食べる目的もありました」
「なるほど、麻生椿の付き添いね。で、それは表向きとして何で彼に電話したの?」
 薄ら笑いの綾乃を見て桜子は全身鳥肌が立つ。
(コイツ、私の通話記録まで調べたんだ。相変わらず気持ち悪い……)
「ポイントカードを貰ったときは彼があの真田さんとは分かりませんでした。後は好奇心から連絡を取ってみて近況等世間話をしたまでです」
「そう。で、もう会ったり話したりしないわよね?」
「当然です。私からコンタクトを取る事はありません」
「宜しい。ただ、好奇心とは言え今後このようなことは控えなさい。いいですね?」
「はい」
 返事を聞くと綾乃は黙ってきびすを返す。桜子は気になっていたことを思い切って切り出す。
「お姉様、隼人さんのことはお聞きにならないのですか?」
 呼び止められ綾乃は振り向くが表情に変化はなく、感情が読み取れない。
「瑛太さんから何か聞いたの?」
「はい、久子さんはご健勝でしたが、隼人さんは行方不明とか。あまり心配はしていない様子でしたけど」
「そう。でも興味ないわ。所詮は下賤な者の気まぐれな行動でしょう」
(その下賤な相手と不倫してたのはどこのどいつだ。ホント最低だこの女)
「繰り返し言っておきますが、彼らとは関わらないように。デメリットしかありませんからね」
 言いたいことだけ言うと綾乃は去って行く。
(身勝手で独善的で気持ち悪い人。同じ血が通っていると考えるだけでおぞましい気分になる)
 表面上は従う部分も多いが、芯では従うつもりは毛頭なく、綾乃もそんな桜子の本心を見抜いているように見える。参考書を閉じると桜子はベッドにうずくまる。
(ゴミ箱漁ってカードを復元、通話記録まで調べ、店や友人のことも調べ上げる。アイツの中では私はいつまでも傀儡なのかも。でも、それも高校を卒業するまでのこと。卒業したら私の判断で生きて行く)
 将来の障壁となり得る綾乃の存在を疎く感じながら、桜子はゆっくり目を閉じまどろみの中に落ちて行った――――


――翌朝、教室内で美和と話していると椿が現れる。目線が合うと向うの方から目を逸らす。
(あの後、瑛太君と何を話したたんだろうか。気になるけど私はもうあの場所には行けない。綾乃の件もあるけど、なにより瑛太君に合わせる顔がない)
 椿を見みつめていると美和が切り出す。
「桜子さんも昨日のこと、許せませんよね?」
「えっ?」
「二人して私たちを恫喝するなんて信じられない行為だわ。私、顧問弁護士を使って提訴しようと考えてます」
「美和さん、それはちょっとやりすぎよ」
「でも、昨日の言動は脅迫ですよ? 私たちは何も悪い事してないのに」
(法的には悪くないけど、人間としては間違ってる。言っても理解できないと思うけど)
「仮に提訴したとしても悪質性もないし物的証拠もない。不起訴が関の山でしょうね」
「それでも店に嫌がらせできるし、あわよくば閉店に追い込むことだって出来るかもしれません」
 とんでもない発言を受けて流石に桜子も我慢の限界がくる。
「美和さん、今の発言、美学がないわ。復讐心に囚われ過ぎてる。最終的に望む結果を得たとして、美和さんは美しくなれるのかしら? 物には限度があり、引き際というものがある。復讐する暇があるなら、美しくなる努力をした方が建設的よ」
 桜子のきつい言葉に美和は焦り動揺する。桜子の発言は誰よりも優先され、周りを納得させる力があることを理解しているだけに反論できない。
「美和さん、椿さんの件は感情も含め全て私に預けて。貴女にはもっとすべきことがあるわ。いいわね?」
「わ、わかりました」
「ありがとう。この話はもうおしまい。そんなことより、今一番話題の上杉君の件はどうなってるの?」
「龍英君ですか。皆に優しいんですけど、特定の彼女はいないみたいですね。そして、誰が誘ってもデートにすら進展しないのが現状です。御曹司ということもありますけど、結構ガード固いですよ」
「女には気をつけろと、しっかり教育を受けているのかもしれないわね。安易に付き合えないのも財閥に生まれた運命とも言えるし」
「そうなんですよ。だから困ってるんです。桜子さん、何か良いアドバイスありませんか?」
(誰とも交際したことのない私に聞かれても返答に困るわ)
 どう返すべきか悩んでいると、座席の横に男子生徒がやって来る。顔を向けると件の龍英が立っており口を開く。
「二階堂さん、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「二人だけで話がしたいんだけど、お時間作って貰えるかな?」
「今からですか?」
「はい」
 龍英の発言に美和は驚き周りの女子もざわつく。流れから言って龍英から桜子への告白と考えるのが自然だ。桜子もそれを察知しており、承諾し席を立つ。最初から断る気満々だが、龍英の手前クラスメイトが見守る中振るのも配慮に欠ける。玄関横の人気のない通路に来ると龍英が切り出してくる。
「桜子さん。初めて見たときから気になっていました。もし良かったら僕とお付き合いして頂けませんか?」
「ごめんなさい。お付き合い致しかねます」
 直球で告白されるも、桜子も直球で返す。開始五秒で決着した告白劇に、普段冷静な龍英も動揺を隠しきれない。
「あ、あの、差し支えなければダメな理由とか聞かせて貰えるかな?」
(普通の相手なら釣り合わないとハッキリ言えるけど、この人は上杉財閥の御曹司。今後のことを考えると変なことも言えないわね)
「私にはまだまだ自分磨きが必要だと思ってる。習い事や勉強、やるべきことは際限なくあるわ。恋愛が悪いとは思わないけど、今の時期、今の私にしかできないことがたくさんあるのも事実。上杉君が悪いとかではなく、いつでもできる恋愛より、今は自分磨きを最優先したい。ただ、それだけよ」
「殊勝な発言、って言いたいところだけど、体よく断る定型文な感じを受けるな。本当はタイプじゃないとか好きな相手がいるとか、そんなところなんじゃない?」
「貴方がそう思いたいのならお好きにどうぞ。ではこれで……」
 教室に戻ろうとした瞬間、龍英が前に立ち塞がる。
「待って、まだ話は終わってないよ」
「なにかしら? 手短にお願いします」
「桜子さんが、真田瑛太のことを好きってホント?」
 想像もしてなかった名前が飛び出し、桜子は驚きを隠せず目の前の龍英を見つめていた。

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