二階堂桜子の美学
第十九話 直接攻撃

 龍英の戦い方は綾乃とよく似ており、直接攻撃してくることよりも周りからジワジワと真綿で首を締めるような作戦を取っていた。クラスメイトが桜子から距離を置くようになってからは、教師にもその手を回し避けるように指示をしているらしい。
 これにより授業中はもとより、休み時間もずっと独りで過ごし一言も口を開く機会がない。『無視』というイジメがどういうものか体験し戸惑うが、それをおくびにも出さないよう気を張る。弱いところを見せるなど自身の美学に反する行為であり、あってはならないと覚悟を決めていた――――


――昼休み、廊下を歩いているとスカートに何かが当たり床に落ちる。見ると一本の白いチョークが落ちており、自分に投げつけられたものだと察する。背後には顔を青くした男子生徒数人と龍英が立っていた。
(とうとう他人を使っての直接攻撃か。姑息ね)
 一瞥すると何も言わずに桜子は立ち去る。それを見た龍英は桜子にも聞こえるように命令する。
「おいオマエら、もっとたくさんぶつけろ。退学なりたくなければな」
(コイツ!)
 怒りから振り向いた瞬間、桜子の顔やスカートにチョークが飛び苦痛に顔が歪む。女性の顔に傷を付けることがどういうことか理解しているだけに、顔を押さえる桜子にさしもの龍英も焦り顔になった。
「オマエら、顔は止めろと言っただろうが!」
 龍英の怒声で男子生徒は怯え慄いている。急いで桜子に駆け寄る龍英を桜子は手を出し制止する。
「近寄らないで!」
「さ、桜子さん……」
「それ以上近づくと、許さない」
 殺意にも似た桜子の雰囲気と言葉で、龍英は立ちつくしてしまう。止まった龍英を確認すると桜子は手洗い場へと向かう。他の生徒からは避けられており、すんなり手洗い場に行き洗顔とスカートの汚れをハンカチで拭う。その姿を周りの生徒は黙って見守っていたが、一人の男子生徒が一歩踏み出しそっとハンカチを差し出した。
「これ、使って下さい。そのハンカチだけだと足りないと思うから」
(誰だろう。同級生ではないし面識もない以上、油断はできない)
「気持ちだけ受け取っておくわ」
「気持ちはいいから、ハンカチの方を受け取って欲しいかな」
「いらないと言ってるのよ。下がりなさい」
 有無を言わさない語気に圧され男子生徒は去って行く。汚れを拭き終え教室に戻ると、自分の机と椅子が無くなっているのに気がつく。教室の中から見える中庭には机と椅子が転がっており、それが自身のものだと容易に推察できる。
(ここまでやるとは徹底してるわね)
 中庭に回ろうと廊下に出た瞬間、再び数人の男子に囲まれ一斉にチョークを投げつけられる。顔だけはガードするが、狙いは顔から下に限定されているらしく身体全体に鈍い感覚が伝わってくる。
 チョーク攻撃を凌ぐと男子生徒全員を無言で睨みつけ道を開けさせる。その迫力に男子生徒は桜子に道を譲るしかない。
(この程度のことでへこたれやしない。私は二階堂桜子だ!)
 奮起しながら渡り廊下から中庭に出ると、手洗い場でハンカチを差し出した男子生徒が机と椅子を運んで来る姿が見える。
「これ、二階堂さんのでしょ?」
「ええ」
「教室まで運ぶよ」
「結構よ。自分で運ぶからそこに下しなさい」
 桜子の強い言いようを受け生徒は机を下すが、運ぶ気は失っておらずその両手は離さない。
「でもこれ、結構重いですよ?」
「いいのよ。自分のことは自分でするから」
「見かけによらず頑固ですね。僕とどっこいどっこいだ」
 朗らかに言い返す、幼さ残る童顔の生徒に内心戸惑うものの桜子も引かない。
「貴方のためを思って言ってるのよ?」
「僕の為? もしかして兄さんのことで庇ってくれているんですか?」
「えっ? 兄さんって、ひょっとして貴方……」
「すみません。自己紹介遅れました。僕は上杉風虎って言います。はじめまして、二階堂桜子さん」

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