二階堂桜子の美学
第二十七話 幼なじみ
(瑛太君! なんで? 帰省は明日のはずじゃ)
うろたえながら見つめるも、瑛太も戸惑っているようで目が泳いでいる。
「あ、えっと、健太郎を手当てしてくれてありがとう」
「い、いえ、どういたしまして」
お互いに予想外の出会い方をし、緊張してしまう。健太郎はそんな二人にはお構いなしで話し掛けてくる。
「この人が、さっき話したお兄ちゃん。カッコいいだろ?」
「え、ええ。そうね」
「けん、何か余計なこと話してないだろうな?」
瑛太の厳しい視線を受けても健太郎は意に介さない。
「話してないよ。良いことしか言って無い。ピーマンが食べられないとか言ってない」
「今言ってんじゃねえか!」
「あ、あと、ナメクジが怖いんだよね。いい大人のくせに」
「オマエ、もう帰れ!」
「綺麗な桜子お姉ちゃんの前だからって照れるなよ~」
「うるせえ! あっち行ってろ!」
顔を真っ赤にしながら怒る瑛太を見て、健太郎はからかいながら小屋を離れて行く。隣に立つ桜子はずっと我慢していたが、健太郎が見えなくなるとつい噴き出してしまう。
「ふふっ、瑛太君がナメクジ怖いとか、良い事聞いたわ」
「くっ、ほっとけよ」
「あはは、後、ピーマンもダメなの? 君は小学生ですか?」
「誰だって好き嫌いの一つや二つあるだろ!?」
「私は無いけど?」
「嫌味なヤツだな。これだからお嬢様育ちは嫌なんだ。それと、健太郎は俺の実の弟とかじゃなく親戚の子だから」
「そうなの?」
「ああ、夏休みになると母さんところに遊びに来てる。来年小学生だったかな? あんま詳しく知らねえけど」
話を聞いていて瑛太が電話と違って敬語を使っていないことに気が付く。
(健太郎君の冗談で気を許しているんだ。今がチャンスかもしれない。自分の気持ちに素直にならなきゃ)
「あの、瑛太君」
「ん?」
「あのときの電話、全部嘘、というより反対の意味で言ったの、気付いてくれた?」
「思い出の川には行かない、とかのヤツ? 不自然だったからそうじゃないかなとは思ったよ。確証はなかったけど」
(さすが瑛太君。助かったわ)
「うん、ありがとう。実は電話とかメールとかは姉に筒抜けで、本音で話したりできないの」
「監視されてるってこと?」
「そう、子供の頃からずっと」
「そうなのか、うん、あのお姉さんなら確かにやりそうだな」
瑛太は苦笑いしつつ納得している。
「だから、今、ちゃんと言いたいことを言っておきたい」
「言いたいこと?」
「私は……」
告白しようとするが、勇気が足りず他の事が頭を過ぎる。
「椿さんをいじめてなんていないし、のけ者にもしてない」
「ああ、知ってる」
「えっ?」
「椿ちゃんからそう聞いてるから」
「そう……」
「言いたいことってそれだけ?」
「えっと、その……、椿さんとは付き合ってるの?」
「ああ、付き合ってる」
あっさり答えられ、桜子は内心ショックを受ける。
(告白前に聞いといて良かった。惨めな気持ちになるところだった……)
「俺の方からも聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「ええ」
「上杉って男と付き合ってる?」
「いいえ、言い寄られてはいるけど付き合ってはいないわ。椿さんから聞いたの?」
「ああ、大きな事件があったけど、桜子が戦って丸く収まったって聞いた」
「戦ったなんて大袈裟よ。言いたい事を言っただけ」
「そうか、でも聞いたとき桜子らしいと思ったよ。相変わらず天下無敵のお嬢様をやってんだなって」
(お嬢様か。今は呼び方が桜子だけど、お嬢様の認識だけは持っているのね)
「瑛太君、さっきから私の事、桜子って呼び捨てにしてる」
「ここで会うメッセージをくれたってことは、身分の差を考えないでいいんだと思ってた。嫌なら敬語に戻そうか?」
「いいえ、ただの幼馴染でいてほしい。せめて、二人でいるときだけは」
そう言うと桜子は意味深な目で見つめる。瑛太もその視線を黙って見つめ返す。
(好きって言いたい。飛び込めるものなら腕の中に飛び込みたい。けど、椿さんは裏切れない。瑛太君……)
抱き付きたくなる衝動を抑えながら見つめていると、瑛太はおもむろに右手を差し出す。疑問に感じながら桜子は黙って右手を握る。すると手を繋いだまま瑛太は小屋へと歩みを進める。
戸惑い歩きながらも桜子の頭の中では、十年前見た綾乃と隼人とのシーンが自然と思い起こされていた。