二階堂桜子の美学
第三十一話 助っ人

 高校生最後の夏休みが空け、ほとんどの生徒が久しぶりに会うクラスメイトと談笑する中、桜子の周りだけは誰も近寄ろうとはしない。
 教室に入ってきたなり、その排他的な雰囲気と威圧するような鋭い目つきで誰一人声を掛けられない。美和や早百合は恐る恐る挨拶をするが完全に無視され、それ以降近づかないようにしている。登校してきた椿もその姿を見たとたん顔を青くして教室を去ってしまった。
 そんな中、にこやかな顔をした龍英が現れ、桜子の様子がおかしいとクラスメイトから報告を受ける。カバンを置くと龍英は桜子の元に行く。
「おはよう、久しぶりだね。桜子さん」
 龍英の挨拶も、聞こえてないのか微動だにしない。
「怖い顔してるけど、何かあった? 相談にならいくらでも乗るけど?」
 言ってみても桜子は全く身動き一つせず、龍英も諦め顔で席を離れる。仲の良い美和に近づくと龍英は訊ねる。
「九条さん、桜子さんと仲良いよね? 何があったのか知ってる?」
「ごめんなさい。私たちも全く事情が飲み込めなくて困惑してるんです」
「そっか、でも、この雰囲気尋常じゃないよね?」
「はい、三年間一緒に居ますけど、あんな桜子さん見たことないです」
「ふむ、夏休みに何かあったんだな。デートもすっぽかされたし。麻生さんはどこに?」
「椿ならさっき教室に来て直ぐに廊下へ」
「ありがとう」
 廊下を出ると辺りを見回し、玄関に向う椿の後姿を捉える。全力で走り椿の肩を掴むと、じっと顔を見つめる。その表情には動揺と焦りが見られ龍英は察する。
「麻生さん、何か知ってるだろ? 上杉家に対して隠し事しても無駄だよ」
 半ば脅しとも取れる龍英の言葉に椿は唇を噛む。人気のない庭に移動すると龍英は主語をすっとばして単刀直入に訊く。
「何があった」
「そ、それは……」
「言わないと、どんな手を使ってでも吐かせるよ?」
「わ、分かりました。でも、絶対他言しないで下さい」
「約束するよ。言って」
 龍英の返事を聞くと椿は別荘であった事件をこと細かく話す。瀕死になった瑛太が事件以降行方不明になったこと。ミルキィが無くなっていたこと。夏休みの間、綾乃によって桜子が監禁されていたこと。そのきっかけを作ったのが自分であったことも付け加え全身を震わせ涙をこぼす。
「私が嫉妬のあまり綾乃さんに二人のことを話したばかりにこんなことに……」
「いや、麻生さんは悪くないよ。彼氏を目の前で取られちゃ誰だって冷静でいられない。問題は二人を追い込んだ綾乃さんの存在だ。監視してた段階でヤバイ感じは持ってたが、桜子さんが壊れるまで追い込むなんて異常だな」
「綾乃さんは目的のためなら平気で人を殺すかもしれない。もし桜子さんが折れてなかったら真田さん死んでたと思う」
「ぽいな。つーか、その真田って今行方不明なんだろ? もう消されてるかもな」
 龍英の怖いセリフに椿はさらに顔を青くする。
「じょ、冗談だって。桜子を取り戻した綾乃さんが真田を殺すメリットないし、きっとどこかで生きてるって」
「そ、そうかな?」
「ああ、金持ちはメリットとデメリットをちゃんと計算して生きてる。安易に殺したりはしないさ」
 もっともらしい意見を聞いて椿はホッとしているが、龍英は複雑な顔をする。
「麻生さんの話で理由は分かったけど、桜子さんを元に戻すのはかなり難しいかもな」
「やっぱりそうでしょうか?」
「ああ、桜子さんが持っていた自我みたいなモノを根底から破壊された感じだし、きっと心が死んでしまったんだろうね」
「そんな、私、とんでもないことを……」
「さっきも言ったけど、麻生さんは悪くない。彼女持ちの真田を好きになった桜子さんにも落ち度はあった訳だし。ただ、綾乃さんはやりすぎたな。どういうつもりなんだろうか?」
「綾乃さん言ってました。桜子さんは私の道具だって。二度と逆らうなと念を押していましたし」
「異常だ。ホント困ったな、綾乃さんが居る限り桜子さんはずっと籠の鳥だな」
「上杉家の力を使ってもどうにもなりませんか?」
「上杉家って言っても限度あるからな。身内のごたごたまで関与できないよ。そうだな、強いて言えば、真田の居場所くらいなら調査できるかもな」
「それです!」
 一際大きな声を発する椿に龍英は驚く。
「真田さんなら桜子さんを元に戻せるかもしれない!」
「あのな、さっき麻生さんの話を聞く限り、会ったのバレたら今度こそホントに真田は殺されるぞ? そうなってみろ。桜子さんの心は完全アウト。再生不能だ」
「そ、そうですよね。ああ、どうしたらいいんだろう」
「ったく、仕方ねえな。俺が一肌脱ぐよ」
 悩んでいる椿を見ると、顔を曇らせ頭を掻きながら龍英はつぶやいた。

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