二階堂桜子の美学
第三十八話 綾乃の覚悟
『三百年以上も前から続く伝統。本家から血統の高い順に互いの家の子同士を婚姻させる』
『より強い絆で結び付けるため、幼少期は仲良くさせ、青年期以降から離れ離れにさせる』
『恋仲になった以降は試練を与え、絆や想いを確かめさせる』
『試練の結果によっては二人の関係を破棄し、血統の高い分家の子に順次試練を課す』
『試練中に死傷者が出ても互いの親族は互いを責めない』
『試練の内容は互いの当主が合意の上で決める』
『深い絆があると当主が認めた場合のみ婚姻を許可する』
綾乃が書き記した内容の数々を隼人は驚いた顔で見つめる。
「子供の頃の出会いから、既に仕組まれてたってことか」
『最初から結婚ありきで、私たちがそれに見合う人間となれるかどうかの試練だったみたい』
「複雑だな。でも、今回のことで絆が深まったのは間違いない。互いにどれだけ想い合っているのか、痛いほど確認できたしな。俺たちの先祖もこうやって試練を乗り越え、家同士の絆を強めてきたんだろうな。現代では考えられない教えだな」
ホワイトボードを持ったまま綾乃は微笑み頷き、隼人も同じように笑う。
「綾乃、愛してる。一生大事にする」
綾乃から隼人ヘの返事はホワイトボードではなく、唇を重ねることで熱い意思表示をした――
――――二ヵ月後、両家の当主、曽祖父、いわゆる重鎮とされる者が全員集まる中、隼人と綾乃は緊張しつつ正座をする。どのような要件で集まり呼び出されたのかも分からずただじっと座る。
しばらくすると、真田家総当主の真田修平と二階堂家総当主、繁盛がしっかりとした足取りで現れる。紫色の座布団にゆっくりと座ると繁盛が口を開く。
「隼人に綾乃。よく試練に耐えて乗り越えたな。まずは祝福させてもらうぞ」
繁盛の拍手で親族全員が拍手し、隼人も綾乃も方々に頭を下げる。
「この二人ならば今後も立派に両家を引っ張って行くことだろう。して、綾乃に聞くが、そなた真田家への嫁入りが希望か?」
「はい、次期真田家当主をお支えしたく存じます」
「うむ、隼人も同じ気持ちか?」
「はい」
「そうか、修平殿におかれても依存はなかろうか?」
ずっと黙っていた修平は頷くことで意思を表す。かなりの高齢なため進行は繁盛に任されているようだ。
「ならば二階堂家は桜子が継がなければならぬな」
繁盛がそう呟くと、久子が手を挙げる。
「久子、申してみよ」
「恐れながら繁盛様。桜子お嬢様のお相手には我が次男、瑛太が年頃からも宜しいかと」
「久子の息子二人が正親の娘二人と婚姻か。今までに無い例だな」
「なればこそ、強固な絆が生まれるかと存じます」
「一理あるな。正親はどう思う」
「光栄なことと存じます」
「うむ、では次の試練は瑛太と桜子とする。異論ある者はこの場で聞こう」
繁盛の言葉に意見する者はおらず、静寂が間を包む。
「では、指導者は慣例により前回と同じく、互いの両親ということで良いな」
当たり前のように進む話を聞いて、綾乃は久子のように倣って手を挙げる。
「綾乃、なんだ?」
「お爺様、その指導、私に一任させて頂けませんか?」
「理由を申してみよ」
「桜子は幼少期より私が目をかけ育ててきた自負があります。私以上の適任者はおりません」
「なるほどな。しかし、それゆえに桜子に対し甘い試練になりはしないか?」
「いえ、桜子のことをよく理解しているからこそ、限界まで追い込むことができると思います。必ずやお爺様のご意向に副う結果に導いてご覧にいれます」
「できなんだ場合はどうする? 指導者はそれなりに重い任ぞ。まだ高校生のお前には荷が重いと見受けるが」
「桜子が試練を乗り越えるまでは、隼人さんとの婚姻を致しません。仮に乗り越えなければ婚約の解消を成されても構いません」
綾乃の言葉に親類一同がざわつき始める。
「皆静かにせい。綾乃、そなた本気で言っておるのだな?」
「はい」
「桜子のためか?」
「はい。あの子は素晴らしい才能を持っています。その才能は私以上。桜子が試練を乗り越えた暁には、二階堂家最高の次期当主誕生とあいなるでしょう」
「最高の当主か、随分と大きく出たな。面白い、そなたの条件で話を進めよう。修平殿も異論はござらぬか?」
繁盛の問いかけに修平はにこやかな表情で頷く。隼人は綾乃を呆れた目で見つめていたが、笑顔を向けられると弱く、苦笑いしていた。