二階堂桜子の美学
第三十九話 真実

 綾乃と隼人の過去を聞き桜子は信じられない気持ちになるが、ストールの下にあった首の刺し傷を見て話が真実だと察する。
「貴女を厳しく指導したり監視したりしていたのは全て試練だったの。瑛太君との距離を取らせたのも二人の想いがどれだけのものかを量るため。それにしても、上杉君と偽装結婚まで計画して瑛太君と一緒になろうとしてたのはビックリしたし、中止させる根回しが大変だったわ」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ。これで私たちも結婚できる。十年越しの結婚が、やっと……」
 綾乃は美しい笑みで隣に座る隼人を見つめる。
(お見合いを断っていたのは、そういう意味があったんだ。私のために隼人さんとの結婚を中断してたなんて。さっき泣き崩れたのは私の試練が終わったことの安堵感と、自身がやっと愛する人と結婚できる喜びからだったんだ。綾乃、こんな私のために、人生を懸けてくれてなんて……)
 数年もの長きに渡る、綾乃の秘めていた想いを知り桜子は涙を零す。
(ずっと最低だと思っていた私が馬鹿だった。本当は誰よりも私の幸せを願い、我慢して生きてきたんだ。お姉様……)
「綾乃お姉様、ありがとう、本当にありがとう。私、ずっと心の中でお姉様を蔑んでいました。苦悩していたお姉様の心の内も知らず、私は最低です」
 泣きながら謝る桜子を見て綾乃は笑う。
「いいのよ。そう思われるようなことをしてきたのだから。試練を乗り越えたとき、桜子ならきっと分かってくれると確信してたし」
 今までの厳しさが嘘であったことを表すように、綾乃は笑顔を振りまく。瑛太もあまりの事態にまだ戸惑っているようで、そわそわしている。
「瑛太君、私の話を聞いて分かるように貴方には二階堂家へ婿入りしてもらうことになるわ。大丈夫よね?」
「はい、もともとウチは兄さんが継ぐのが筋でしたから。兄さんが生きていて継ぐのなら俺の出る幕はないです」
「ありがとう。瑛太君の分まで私が責任を持って真田家を支えて行くわ」
 綾乃の言葉で瑛太も納得の笑顔を見せる。頃合いを見計らっていたのか、隼人は席を立ち壇上の前に行く。
「皆様、お待たせしました。これより、真田家と二階堂家のダブル結婚式を執り行いたいと思います!」
 隼人の仕切りで会場は大声援に包まれる。会場の親類はもとより上杉家の面々も事態の背景を全て知っていたようで、四人に向って祝いの言葉をどんどん投げ掛けている。一番呆然としているのは龍英で、予想を超える急展開に口が開きっぱなしになっている。
「信じられない。いや、結果としては良かったのかもしれないが、何の役にも立ってない上に当て馬っぽくて凹むわ」
 愚痴る龍英に綾乃が話し掛ける。
「上杉君がこんな式を挙げてくれたお陰で、二人を試すいい機会ができたのよ? 理解ある上杉家の方々にも本当に感謝してるわ」
「いや~、そう言われても結局綾乃さんの手の平だったわけでしょ? ホント適わないな」
「ま、年の功とでも言っておくわ」
 綾乃は自虐的に笑うが龍英は溜め息を吐き本当に凹んでいる。桜子はふと偽装結婚作戦を思い出し龍英に訊ねる。
「そう言えば椿さんたち、来なかったわね。何かあったときはクラスメイト全員で式に突入して、ぶち壊す作戦だったんでしょ?」
「あっ、そう言えば! なんでだろう?」
 言った瞬間、綾乃がクスっと笑い、聞くまでもなく龍英は理由を察する。
「ホント綾乃さんには敵いませんね。マジでお手上げ、降参降参」
 龍英は両手を挙げておどけてみせる。
「椿さんたちの動きは予めこちらで抑えておいたわ。策士な上杉君だもの、これくらい普通よ」
 ストールを首に巻きながら綾乃は事も無げに言い切る。その頼もしくも優雅な振る舞いに桜子の胸は熱くなる。
「綾乃お姉様」
「なに?」
「二階堂家は私が責任をもって守って行きます。お姉様は今まで我慢してきたぶん、たくさん隼人さんに甘えて下さい」
「ありがとう。でも、貴女、たぶん勘違いしてるわ」
「えっ?」
「私と隼人さんは婚姻関係を結んでいないだけで、彼の休日と私の休日の合う日は一緒に暮らしていたのよ?」
「えっ!?」
「ちなみに子供もいるのよ? けんちゃん、こっちにいらっしゃい」
(子供に、けんちゃん? まさか……)
 繁盛の隣に座っていた男の子は綾乃に呼ばれてやってくる。
「長男の健太郎よ。挨拶して」
「初めまして、真田健太郎です! な~んてね、久しぶり、桜子お姉ちゃん」
 ニコニコしながら挨拶する健太郎を見て、桜子はトドメを刺された心地になり頭の中はクラクラしていた。

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