二階堂桜子の美学
第五話 流れ星
その夜、入浴を終え後は寝るだけとなった桜子は、緊張した面持ちでベッドに座った。室内の床では瑛太が無邪気な表情で携帯ゲームに興じている。
久子から一緒に寝て良いと言われたものの、十歳ともなると異性としての意識も芽生えており、緊張感は否が応でも高まっていた。
十中八九間違いないが、瑛太には桜子を異性として見る意識はないと思っている。瑛太にとっては恋よりもゲームやカブトムシの方が最優先事項なのだ。
ゲーム内の敵に文句を言いながらプレイする瑛太の背中を黙って見守りつつ、壁の時計に目をやる。針は十時を指しており、そろそろ就寝時間としても良い頃合いだ。
「瑛太君、そろそろ寝ない? もう十時だよ」
「まだ早いよ。今日は口煩い母さんも居ないんだ。夜更かししようぜ」
「夜更かしって言っても、私、何もやることないし」
「ゲームしようぜ、コレ、面白いぞ」
「頭悪くなるからしない」
「なんだよそれ。俺が頭悪いみたいじゃん」
「ノーコメント」
「そこは否定しろよ。ったく、相変わらず性格悪いな。これだからお嬢様育ちは」
「瑛太君こそ、考えが短絡過ぎるわ。これだから山育ちは」
「なんだよ、喧嘩売ってんのか?」
「なによ、か弱い女の子に暴力振るう気?」
しばらく睨み合うが瑛太の方からそっぽを向き、再びゲームを始める。静かな室内にゲームの機械音だけが響き、桜子はつまならそうにその背中を見つめる。
(なによ、私が居るのに無視してゲームだなんて失礼過ぎよ。ちょっとでもいいかもと思った私が馬鹿だった)
ゲームをし続ける瑛太に見切りをつけベッドに横たわる。不機嫌になり少し興奮気味ではあるが、横になると自然に眠気が襲ってくる。
気がついた頃には部屋は真っ暗になっており、体にはちゃんと布団が掛けられている。広いベッドには桜子しかおらず、瑛太の姿はない。
(自分の部屋に帰ったのかな。なんかちょっと寂しい……)
起き上がりベッドの下を見ると、ゲーム機を片手に腹を出して大の字に寝ている瑛太が見える。
「え、瑛太君!?」
驚きながらベッドを降りると、すぐに瑛太の体を揺さぶり起こす。
「瑛太君、こんなところで寝てたら風邪引くよ?」
激しく肩を揺すった甲斐があり、瑛太は寝ぼけながらも起きる。
「ああ、いつの間にか寝てたわ」
「こんな硬い床でよく眠れるね?」
「俺はどこでもすぐ寝られるタイプだ」
「うん、言われなくてもなんとなく分かる」
「桜子は寝ないのか?」
時計に目をやると深夜二時を差している。
「寝るよ。まだ遅いもの」
「そっか、そんじゃ俺も部屋に戻って寝るわ」
立ち上がる瑛太を見て桜子はつい声を掛けてしまう。
「あの……、ちょっと、いい?」
「なんだよ?」
「えっと……」
話題が浮かばす窓の外を見ると、意外な明るさに疑問を抱く。
「外、何でこんなに明るいの?」
桜子の問いを受け瑛太はベッド横の窓に来て夜空を見上げる。
「ああ、月と星だな。見てみろよ」
言われるまま並んで見上げると満天の夜空に星の川が流れている。
「綺麗……、こんな綺麗な星空、初めて見た」
「星は深夜の方が綺麗に見えるんだ。空気が澄んで見やすくなってるってのもあるけど。あの光輝いている三つの星を繋げた三角形を夏の大三角って言って、天の川を挟んだ星が織姫と彦星なんだぜ」
(織姫と彦星。一年に一度だけ会えるあの昔話の星。まるで私たちみたいだ)
「瑛太君、詳しいのね」
「隼人兄ちゃんの受け売りだけどな」
瑛太はそう言いながら夜空を見上げる。桜子も隣で輝く星々を眺める。
「あっ! 流れ星だ! 瑛太君、今、流れ星流れたよ!」
「知ってるよ。流れ星なんて珍しくないだろ?」
「珍しいよ。私、夜はすぐ寝てるし、深夜の空なんて見上げないもの」
「じゃあ仕方ないな」
「うん、流れ星にお願いした?」
「してない」
「しようよ」
「じゃあ次な」
「うん、次、一緒にお願いしようね」
並んで夜空を見上げるが、こんなときに限ってなかなか流れ星は来ない。星に願うことを心に決めて待ち構えてみるが、気合だけが空回りして首が疲れてくる。少し飽きて瑛太の方を見ると、口を開けてベッドの端に寄りかかって寝ている。
(コイツ、人の気も知らないで。本当にデリカシーないんだから!)
恨めしげな目で見つめていると、目の端に長い流星が入ってくる。
(流れ星だ! 瑛太君と一緒に居られますように! 瑛太君と一緒に居られますように! 瑛太君と一緒に居られますように!)
心の中で強く念じ、言い終えるかどうかの時点で流れ星は消えた。
(叶うかな? ぎりぎり間に合ったと思うけど……)
瑛太の方を見ると完全に寝たようで、ベッドに寄り掛かったまま寝息を立てている。ベッドから毛布をはぎ取ると桜子はそれを瑛太に掛ける。ベッドに上がり横になると流れ星に願った想いを胸に、桜子もまどろみの中に落ちていった。