未来郵便 〜15年越しのラブレター〜
「あのさ、体育祭が終わったら話あんだけど」


細井は突然立ち止まって振り返ると、いつになく真剣な表情で私を見据えてきた。


「何?話って……今じゃ駄目なの?」


そう言ってみるけど、なんとなく何の話か見当がついて私の心臓は鼓動を速めた。


「後で話す」


交わる視線。

多分、細井もめちゃくちゃ緊張してるんだと思う。

本気が伝わってきて、私は震えた声で「うん…」って答えるので精一杯だった。



クラス別リレーはそれどころじゃなかった。

皆がバトンを繋いでる間も、私はさっきの細井のことばかり考えてる。

応援合戦の後で着替える時間がなく、長ランにアンカーのタスキを掛けてスタンバイしてる細井。

奴にバトンを渡すのは、私だ。


こんな状態で上手くバトンを渡せるのかな。

細井と目が合うだけで凄くドキドキするのに……


「次の走者、位置について」


審判の先生から声が掛かる。

私は重い腰を上げて、スタートラインについた。


気持ちを切り替えなきゃ。

何度も“平常心平常心”と頭の中で唱えて、雑念を追い払う。


「綾音ゴー!」


そして、私の前の走者の声が聞こえて走り出した。

前を向いて走りながら右手を腰の位置で固定してバトンを待つ。

パチンと快音を鳴らして手のひらにバトンが渡されると、私はぐんっとスピードを上げた。


雑念はもうない。

私のすぐ前には現在一位の敵のハチマキがたなびいている。

徐々に距離を詰め、コーナーに差し掛かった頃にはその背中とあと1メートルも差はなかった。

抜ける!


そう確信した時、並んで応援席の前列に座る葉山と渡先輩の姿が見えた。


葉山っ……

ズキン、と胸が痛く重く震える。
さっきまで景色は流れ、雑念も何もなかったのに。

二人の仲睦まじい姿に一瞬時が止まった。





「あっ‼︎」


転ぶっ……!

ヤバいと思った時にはもう視界は土のみ。

全身砂だらけ。
膝に痛みが走り、数人の走る足音が私を追い越して行った。


はっきりとは聞き取れないけど、笑い声やら話し声が聞こえてくる。

私、笑われてるのかも……
それとも、せっかく一位になれそうだったのにあの子のせいで……とか話してるのかもしれない。

何もないところで転んじゃって、顔を上げるのも恥ずかしい。


それに、葉山にも見られてるのに……
渡先輩はザマーミロって心の中で嘲笑ってるんでしょう……?


もう嫌だ。
足は痛いし、恥ずかしいし、もう棄権しちゃおうかな…

一度折れた心はすぐには元に戻らない。

そう思ってたのに。


「綾音!」


ちらっと棄権の文字が頭に浮かんで弱気になった時、スタート地点の方から私を呼ぶ細井の声が耳に届いた。




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