狼少年、拾いました。
 走り出したとたん、見えない何かにぐいっと引っ張られたかと思うと、体が急に軽くなった。

 スティーヌだ。

 「振り返るな。走ることだけに集中しろ。」

 今までこの声にこれほど安心したことがあっただろうか。

 ミェルナは無我夢中で足を動かした。


   *     *     *

 
 「もう大丈夫だろう。」

 スティーヌの声で我に返った……が次の瞬間体がどんっと重くなり、気が付けば地面に這いつくばっていた。

 汗を流して肩で息をしているミェルナとは対照的にスティーヌの呼吸(彼にそれが必要なのかは分からないが)は一切乱れていない。

 「しばらくすればいつも通りの感覚になる。」

 「良かった……このままだと……ものすごく、太った気分だわ。」
 
 荒い息を整え、手についた土を払いながら周りを見渡す。

 「男の人って…あんなに…しつこいの?」

 「皆がそうとは限らない。ただあれは特にそういう男だ。」

 ぐるりと森を見回して、スティーヌはさらに続けた。

 「ああいう男は何でも自分の思い通りに事を運びたいタチだな。まぁでも安心しろ。次からはあれが近くに来ても逃がしてやる。初めからそうすべきだったがな。」

 その言葉にほっとする。

 強盗をなんとかした男だ…今回はスティーヌのおかげで逃げおおせたものの、次は分からない。

 「ところで、かなり遠くまで来てしまったようだが__」

 スティーヌは言葉を切った。

 「ありがとう。怖かったわ、なんでか分からないけど。」

 ミェルナはスティーヌに手を回し、後ろの木々が透けている黒い彼のからだに頬を付けた。
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