狼少年、拾いました。
 呆然とするミェルナに一瞥もくれず、そのまま手早く梯子をのぼっていってしまった。

 追いかけることもせず、時が止まったかのようにミェルナは立ちつくしていた。

 あの鈍く鋭く光ったふたつの目が焼き付いている。

 強い力で払いのけられたわけではないのに手がジンジンと痺れていた。

 顔を上に向けると、いつも見えている家の木の天井が、この暗い地下室からだと随分遠く見えた。

 「掃除するぞ。」

 不意にスティーヌが背後に姿を現した。

 姿は消していたがずっとこの場にいたのだと薄々勘づいていたが、ミェルナは何も言わなかった。

 黙ったままのミェルナに構わずレスクの使っていた寝具を畳み始めるスティーヌ。

 そして敷き布のシワを伸ばしながら、再び口を開いた。

 「何故黙って行かせなかった。そうすればもっと良い別れになっていただろうに。」

 ここでやっとミェルナの時間が動きだしたようだ。

 「分かんないわ。」

 呟くように答えたあと、中身の出た薬箱の方へ向かう。

 (話し相手が急に二人も減っちゃうのね。)

 包帯をきっちりと巻き直し、消毒液は古いものから左に.....レスクのために取り出した備品を妙に丁寧に箱に詰めながら、ミェルナはゼーラに嘘をついたことを少し後悔した。


     *   *   *

 まだ空も白まない、夜明け前の空気がひんやりと肌と喉に染みる。
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