狼少年、拾いました。
 こちらが風上になっていたので匂いで判別出来なかったのだ。

 「待って!あなた____」
 
 村人に見つかってしまった。

 人に顔を覚えられることはなるべく避けたかった。

 必死で呼び止めようとする声が後ろから飛んでくるのも構わず、レスクは泉のほとりの岩に置いてあった服をひっ掴んでミェルナの消えていった方へ飛ぶように駆け出した。

ミェルナの匂いを頼りに、がむしゃらに緑の上を走っていると、立ち並ぶ木の遠くの方に小さくミェルナの姿が見えた。

相当驚いた様子で立ち止まるミェルナ。

黒い目を丸くするミェルナにレスクは駆け寄った。

「何してるの?」

当然のことをきかれて咄嗟にレスクは嘘をついた。

「いや、そろそろ雨がほんとに降ってきそうだからさ。」



猟犬を察知した獣のように彼が去ってしまって、ゼーラはぽつんとひとり残された。

(きっとあの時の人だわ。)

命の危険から救われた時の安堵とときめきが再び蘇った。

風が吹いて、木の葉が何かをかき立てるようにざわざわと揺れる。

(でも.....。)

彼が咄嗟に手にした布。

その染みが、ミェルナの小屋にあったものと同じように見えたのだ。

(そう言えば最近ミェルナの様子がちょっと変だったけど、まさか.....。)

風は強くなり、緑のざわめきはいっそう大きくなった。

泉のほとりでゼーラは一人しばらく立ち尽くしていた。


 「さあ……。あたしは知りませんよ。」

 鋳物屋の女は首を横に振ると、ぐずりだした背中の赤子をあやしながら店の奥へと戻ってしまった。

 ここも駄目か。

 領主直属の衛兵であるリーガは空を仰いだ。

 「ちらりと見た者の一人も出てこない。あいつはこの町を通過していないのでしょうか。」
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