次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 妹との関係を知らない人にも三日月という珍しい苗字のお陰で「もしかして女優の三日月朋子の親戚?」なんて冗談混じりに聞かれる始末だ。

 名前が似ているから尚更だし、嘘をつくのも気が引けて、本当のことを話すしかなくなる。おかげで会社でもほとんどの人は私が三日月朋子の姉だと知っている。

 その縁あって妹に会社のイメージモデルを務めてもらっていたりするのだが。今回もそのことに関する呼び出しかと思っていた。

 しかしよく考えれば、元々、私が朋子の姉だと聞いた広報担当から回ってきた話で、社長はそこに噛んでいなかった気がする。社長は私たち姉妹のことを知っていたのだろうか。知っていたとして、今になって何故、孫同士のお見合いの話を持ちかけてきたのか。

 肩より少し伸びた髪先からポタポタと雫が垂れ落ちている。体は火照っているが、肌に落ちる水滴は冷たい。乱暴にタオルでそれを拭き取ると、大きく息を吐いてから洗面台の脇に置いてあった眼鏡に手を伸ばした。

 お見合いのときにもしていた黒ぶちの丸眼鏡だ。眼鏡をかけてクリアになった視界に、やはりため息を落とす。

 十人、いや百人いれば百人が私ではなく妹を選ぶだろう。卑屈になっているわけではなく、それはれっきとした事実だ。彼だってあの言い草から、妹を望んでいたに違いない。同じ孫だからと私でいいんだろうか。

「っと、そもそもこちらの意思も都合も無視!?」

 肝心なことに、はたと気づいて思わず叫んでしまった。元々、結婚にそんな憧れもなかったし、それどころか恋愛さえもろくにしてこなかった。

 でもだからといって、どうでもいいわけではない。とりあえず、もう一度彼と会って話してみる必要がありそうだ。こんなことなら、連絡先を聞いておくべきだったかもしれない。

 明日、いるかどうかは分からないが、時間を見て社長室を訪れよう。私は改めて決意した。
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