次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「全部聞いて、それでも彼と結婚しようと思ったんです。私が彼と結婚したくて。でも、なかなか直人さんも忙しくて結婚話も進められないんです。ですから、婚約者としては勝手なんですけど、もう少し早く帰るように専務からも言っていただけませんか?」

 自分でも驚くほど勝手に言葉が溢れた。心臓が音を立てて脈打つ。そして軽く頭を下げて挨拶を済ませると、唖然としている専務をよそに、片手に資料、片手を直人の腕に絡めたままドアに向かった。

 役員室を出たところで私の緊張は一気に解けた。そして、すぐに直人から離れると、自分を落ち着かせるために深呼吸する。

 おばあちゃんや朋子ほどではないにしろ、それなりに演技できたとは思うのだが、不自然ではなかっただろうか。色々と思い巡らせながらも、なんでもないかのように直人に声をかけた。

「この資料、置いてくるね」

「晶子」

 静かに名前を呼ばれて、直人の顔を見るとその表情はわずかに硬い。

「用事が終わったら部屋に寄ってくれないか? 今日はもうこのまま帰るから」

「……分かった」

 少しだけ迷ってから短く告げ、私はその場を去った。直人と二人でいるところを誰かに見られても困る。専務には、あんな大見得を切ったが、私たちは所詮そういう関係なのだ。

 資料をデスクに置いてから、指示された通り、社長室に向かった。そして直人と合流してから、私たちはほとんど口を利くことがなく、マンションまでの帰路についた。
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