次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「ただいま」

 直人と一緒に帰ってきたのだから、この挨拶は無意味だ。でも、なんとなく習慣になっていた。そして着替えるために自室に向かおうとする私を直人が呼び止める。

「なにも聞かないのか?」

 そう尋ねてきた顔には罪悪感が滲んでいて、まるで悪いことがバレた子どものようだった。会社で見せている威厳は微塵もない。

「直人こそいいの? 今なら私、なにも聞かなかったことにするし、言い訳してくれたら、素直に信じるよ?」

 そう言うと、今度こそ直人は傷ついた顔にはなった。

「社長から出された条件の話は本当だ」

 分かっていたことだからか、ショックは受けなかった。むしろ、潔く認めた直人に苦笑してしまう。

「駄目だよ。社長になりたいんだったら、私ぐらい上手く丸め込まなくてどうするの?」

「……怒らないのか?」

「怒ってほしいの?」

 前にもまったく同じやりとりをした事を思い出した。そうか、こういうときって怒ってもいいんだ、でも。私は軽く肩をすくめる。

「怒ってないよ。まったく動揺しなかった、って言えば嘘になるけど。でも、怒ってない。むしろ、これで色々と納得できたよ」

 直人が私と結婚するって必死だった理由が。なにか言いたそうにしている直人は少し躊躇ってから唇を動かした。

「今更かもしれないけど、ちゃんと全部話すよ。晶子には、もう嘘をつきたくない。だから、俺の話を聞いてくれないか?」

 不安の入り混じった瞳でこちらを見てくる直人に私は小さく頷いた。とりあえずお互いに仕事着のままだから着替えてからリビングで話しを聞くことになった。
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