次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 部屋から出てくると、意外にも先に直人が、ソファに座って待っていた。いつもは映画を見るために二人で並んで座るが、今日はそのためではない。

 エアコンが部屋の温度を下げようとフル稼働していた。その音だけが部屋に響く。私は、少しだけ距離を置いて彼の隣に座った。

「今日は、いきなり悪かった」

 それを待っていたかのように、謝罪の言葉を告げられ、直人は前を向いて私から視線をはずすと、こちらを見ないまま話し始めた。

「俺は、ずっとじいさんに、自分の跡を継ぐように、って言われて育ったんだ。だからそのために必要な教育も受けて、社会人になってからも、そういう扱いを受けていた。俺は、そのためにじいさんに育てられたんだと思っていたよ。だから、じいさんが倒れた、戻ってきて欲しいって言われたときは色々と覚悟を決めて帰国したんだ」

「その、社長の容態は……」

 躊躇いがちに口を挟むと、直人はこちらを見て軽く息を吐いた。

「最初に会ったときに説明したけど、命に別状はない。まぁ、年も年だしな。でも、これで後を俺に託して、隠居するのかと思えば、いきなり会って本人に言われたのが『三日月今日子の孫娘と結婚するなら、お前に会社を任す。それができないなら、専務に、弟にすべてを託す』なんてまさに寝耳に水の話だったからな」

「直人は、社長と私の祖母との話について聞いてはいなかったの?」

 これは意外だった。私や朋子は、もちろん本気にしてはいなかったが、孫同士を結婚させよう、なんて話を冗談交じりで祖母から聞いていたのに。直人は静かに頭を振った。
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