次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「昔、ちらっと聞いたことはあったが、与太話だと思ってたし、本気には思えなかった。じいさんも昔話のような、そういう話し方だったからな。だから、この土壇場になって話が出てきて、俺には意味が分からなかったよ。晶子の祖母との約束云々より、むしろ俺に跡を継がせたくないから、あえてそんなことを言い出しているのかと思ったぐらいだ」

「なんでそんなこと思うの? 直人は社長の孫だし、ずっと大事に育ててきたのに」

 詳しくは知らないが、少なくとも専務よりも直人の方がずっと人の上に立つのに向いていると思う。孫である直人が分からないのに、私が社長の思惑なんて分かるはずもないのだが。

「俺が、本妻の子ではないからかもな」

 さらっと告げられた告白に私は思考を停止させた。目を丸くさせて、直人を見つめると、直人は気まずそうな顔をして無理やり笑った。

「俺の父は、本妻がいたのにも関わらず、よそで女を作っていたらしい。本妻との間に子どもはいなかったからか、俺ができたことで二人は離婚したんだ。それで幼い俺を残して両親は二人とも事故死した」

 直人の声から悲しみとかそういう感情は伝わってこず、淡々としていた。それでも、幼くてあまり記憶がないとはいえ、なにも感じないわけはない。

 専務が、わざわざ直人の父親のことを話題に出したのはそういうことだったのかと理解できた。

「直人は、その話を誰から……」

「主には大叔父をはじめ、親戚から。じいさんはあまり俺に両親の話をしなかった。俺も成長するにつれ、聞いてはいけない気がして、自分からはあまり尋ねなかったし。だから、俺は父親みたいにだけはならない、って心に決めていたんだ。育ててくれたじいさんの期待を裏切らないように、ってずっと思っていた」
< 113 / 218 >

この作品をシェア

pagetop