次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 そんな冷静な自分もいたが、脳内はパニックだった。なんて返事をすればいいのか。まさかこの年で、しかも付き合った人までいる、なんて話までしておいて経験がないなんて直人も思っていないだろう。

『俺は、今は晶子にしかこんなことしないし、結婚するんだから、これから先も晶子だけだよ』

 直人の台詞を思い出して胸が軋む。私だから求めてくれているわけじゃない、私と結婚するから、私に操を立ててくれているだけだ。それを同じように私も確認されているだけ。

 なんたって最初から好きでもないのにキスだってしてきたくらいだし。それに結婚するんだから、これぐらいは当たり前のことで。だから、

「……分か、ってる。い、いよ。直人が、望むのなら」

 カラカラに乾いた声でなんとか言葉にできた。すると今度は直人が驚いたかのように目を見張る。私の心臓は鳴りやまない。

 専務の言うとおり、婚約者として一緒に住んでいたら、体の関係があるのなんて普通で、さらに言えば、直人の立場からすると、ゆくゆくは子どもだって考えないといけないだろう。

 そこで、私はふと思い立った。もしかして、求められているのは私というよりも――。

「あの、でも、さすがに子どもは」

 まだ、というのは言葉になったのか、ならなかったのか。突然、直人が身を倒し私を抱きしめるようにして肩口に顔を埋めてきたのだ。

 預けられた体の重みと、密着したところから伝わる体温に戸惑いながら、私は硬直したままだった。首筋にかかる直人の吐息にくすぐったくて身を捩りたくなるが、ぎゅっと目を瞑って堪える。

 心臓の音がやけに響いて不安が増していく。ここからどういう展開が待っているのか、分からない。
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