次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 しばらくして、直人が顔を上げたのが分かり、私はおそるおそる目を開いた。するとコツンとおでこをぶつけられ、眼鏡のフレームを気にする間もなく至近距離で目が合う。

「経験ないくせに、そんな強がってどうするんだ」

 呆れたような、困ったような表情。囁くような低い声が耳に届き、固まっていた頭が徐々に動きだす。ようやく言われた言葉を咀嚼して私は目を白黒させた。

「え、なん、どうして?」
 
「この前のキスであんな態度をとられたら、嫌でも分かる」

 改めて指摘されて、私は顔から火が出そうになった。あのときの深い口づけを思い出して、さらには冷静に返したつもりだったのに、私に経験がないのも全部見抜かれてのことだったらしい。

 かっこつけていたつもりが、まったく意味がなかったようだ。穴があったら入りたい。でも穴なんてもちろんなくて、逃げることもできない。

 わざとらしく伏し目がちになって直人の顔を見ないようにするのが精一杯だった。そうしていると直人が身を起こしたので、私も躊躇いながら体を起こす。直人が手を貸してくれたので、その手は素直に取った。

 手櫛で髪を整えて、気持ちを必死に落ち着かせる。押し付けられていた背中が少し痛いが、それよりも心臓の方がずっと痛い。直人はため息をついて私の頭を撫でてくれた。

 小さく謝られ、首を横に振る。謝られるようなことは、なにもされていない。むしろ、結婚するって自分から言ったくせに、こんなことでいちいち直人に気を遣わせてしまった。

「俺と結婚してくれる晶子の気持ちも、覚悟も有り難いが、それだと俺が嫌なんだ」

「嫌?」

 謝ろうとしたら、先に直人が口を開いた。しかし、その意味がなんだかよく理解できない。さらに直人の口から飛び出したのは意外なものだった。
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